第53回環境セミナー開催

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日時2024年5月28日(火)15:00~17:00
テーマ「脱炭素時代における環境政策」
講師森本英香 氏 早稲田大学法学部教授(元環境省事務次官)
会場スタジオ751 + Zoom
参加人数41名

講演要旨

1. 環境政策の変遷と現状(他省庁との連携を含む)

(1)現在の環境省のミッション

  • 生活環境の保全(公害問題対応)
  • 地球規模の環境保全
  • 化学物質管理や資源の循環
  • 生態系の保全
  • 原子力規制と放射能汚染対策

(2)公害国会以前(~1970)

4大公害対策の遅れに対する政府への非難が高まった。

(3)公害国会と環境行政の誕生(1970~1970年代後半)

高度経済成長よりも国民生活を守ることが大事との国民世論の高まりや革新地方自治体の誕生により、公害防止条例の制定等が進み地方で工場の立地も困難になり、経済界でも公害対策に前向き感が出てきた。

1970年の公害国会において14本の法律が新たに成立するとともに、翌年行政組織として「環境庁」の設立が決定される。

同年アメリカでは排ガスの9割削減を目指すマスキー法が導入され、これに対し米国大手自動車メーカーは訴訟、反対のロビー活動を展開し骨抜きを目指し対抗したが、対する日本メーカーはホンダがCVCCの開発に成功し規制基準をクリアーする等技術革新で急拡大し、その後の自動車産業の隆盛の基礎を作ることに成功した。

(4)長い低迷期(1970年代後半~1990年代初頭)

オイルショック後の経済低迷と公害の鎮静化で環境庁不要論が台頭した。

(5)地球環境問題の顕在化と環境基本法(1990初頭~2000)

地球サミット(リオサミット)が開かれ地球規模での環境と開発が議論され、気候変動枠組条約、生物多様性条約等を採択。これを受けて国内でも政治主導で地球規模の環境問題に対応するため環境基本法が制定された。

(6)環境省の設立(2001)

省庁再編の中で環境省が誕生。廃棄物行政が厚生省から編入された。これにより、資源循環の下流

(7)東日本大震災への対応による環境政策の拡張

  • 膨大な災害廃棄物対策
  • 広範囲な放射線汚染対策
  • 原子力規制組織の移管

経済産業省、文部科学省、内閣府に分散していた関係組織を、独立性の高い3条委員
会たる原子力規制委員会に統合し、環境省の下に置かれる。

(8)他省庁との連携

共通の課題である気候変動問題(カーボンニュートラル)に対する環境省と経産省の分担は、完全に分けられものではないが主に供給側、産業振興に属するものは経産省、かたや需要側、国民生活・地域に関するものは環境省と言う大まかな分担。他に農水省や国土交通省との連携も増えている。

(9)環境行政とは

対象、場所、範囲等様々な事象があるが「社会の弱者、人である場合も、自然、さらには地球も、に向き合うのが環境省の仕事」との基本的考え方で整理するように考えている。

2. 世界の脱炭素政策

温室効果ガスの影響による地球温暖化が急速に進み、地球の温度上昇を工業化前との比較で1.5℃に抑えるための期限目標として、カーボンニュートラル(CO2の排出量を吸収と除去によって実質ゼロにすること)の達成時期を前倒することが求められ、主要各国は2050年を目標とするようになった。同時に脱炭素はビジネスになり、ひいては国力の増強ツールになるとの考えもあり、脱炭素開発競争が激化している。

(1)EU

 EU設立時から参加各国の接着剤として環境問題を重要視しており、求心的に環境問題を進めてきている。EUには化学物質規制等で成功体験があり、規制・政策を先行して進めることによってデファクトスタンダードを作り、先行者利益を取るという「勝ちパターン」を温暖化対策でも同様に進めている。
個別具体策として

  • タクソノミー
    環境面でサステナブルな経済活動を行っているか否かを判定する基準のことで、この基準で事業者を判定、分類することで、必要な投資、融資が集めやすくする。EUはいち早くこのタクソノミーを導入したが、中国も同様の制度を作りEUと波長を合わせる動きがみられ、今後世界的に経済活動の制約要因になる可能性がある。
  • CBAM
    国境炭素調整措置と言い、EU外の環境規制の緩い国からの輸入に関税を上乗せする仕組みで、域内の環境規制に対応した製品の市場性を確保することを目指したもの。WTO違反であるとの指摘もあるがEUはすでに導入を進めており、同調する他国も出てきている。

(2)中国

中国はこの脱炭素を、チャンスと考え戦略的に再生可能エネルギーやEV、次世代デジタル技術と言った特定産業にエッジの利いた集中投資を行うことで、原油輸入依存を減らし、欧米、日韓が支配している自動車産業に挑戦すると言ったメリハリの利いた産業育成を進めている。

(3)アメリカ

国政レベルでは民主、共和両党では明確なスタンスの違いがあり、トランプが次期大統領になれば、パリ協定からの離脱も大いに可能性があると言われている。しかしながら国全体で見れば、州レベル、企業レベルでは民主党が強い州、国際的な企業価値を重視する企業ではEU並みに脱炭素に注力している。また、例えば、風力発電の導入は、中国に次いで多い。

現政権は脱炭素に関する政策はインフレ抑制法(IRA法)によって推進している。これは巨額の予算を組み、再生可能エネルギーやEV、付随するインフラ網に投資することを目指しており、加えてこれら補助対象事業は部品も含め全て純国産でなければならないと言った国内産業保護的な側面も併せ持っている。

(4)産油国

脱石油での新たな国造りを模索しており、再生可能エネルギー、CCS、水素・アンモニア等様々な代替エネルギーを自国で展開しながら、当面は石油、天然ガスとの2本足で対応していくと考えられる。

3. 日本の脱炭素政策と今後の課題

(1)国の目標

現段階での日本の脱炭素目標は2030年に46%減、2050年にカーボンニュートラルと定めている。

(2)GX推進法

GX推進法を制定し用途の限定された国債を発行することで20兆円を調達し、これを呼び水として官民併せて150兆円を投資する予定。現段階では景気が良くないことも含め短期目標までは順調に行くのでは言われているが、その先の難易度は加速度的に上がることが予想されている。最終的に2050年のカーボンニュートラル達成には官民で400兆円のあらたな投資が必要と想定されており、更なる財政出動を含めて検討が必要。

(3)カーボンプライシング構想

この国債の償還費用捻出のためカーボンプライシング構想を具体化し最大限活用することが検討されている。炭素排出に値付けすることで、GX関連製品・事業の付加価値を向上させることを目的にしており、具体的には化石燃料賦課金の導入や排出量取引制度の創設が検討されている。\

(4)当面の対策と見通し

  1. 電力
    再生可能エネルギー ⇒ 36~38%は可能か
    原子力 ⇒ 20~22%は可能か
    カーボンフリー火力(水素・アンモニア・CCUS) ⇒ 残る30%は可能か
  2. 非電力・熱利用
    電化、水素、メタネーション、合成燃料、バイオマス
  3. オフセット
    森林、DAC

当面は既存インフラを活用しコストを削減しつつ脱炭素化を追求することが重要で、現段階では水素が切り札となることは明白で、水素法案で値差補助を決定している。

(5)トランジッション

EUの様に一足飛びに脱炭素社会への移行を目指すのではなく、中間段階を経ることによって円滑な移行を目指す考え方で、東南アジア等の途上国の賛同を得やすい。一例として一足飛びにEVに行くのではなく、ハイブリッド車やバイオ燃料を活用した内燃機関エンジンの活用等を経た自動車産業の移行等がある。

(6)アライアンス

  1. 一社内完結で達成を目指すのではなく、企業間のアライアンスで分担して達成を目指す考え方で、水素などはその製造から、輸送、保管等複数社で行っている。
  2. 各国で協調する国際間アライアンスで、化石燃料は中東にのみ頼る構図であったが、今後はインドを含む東南アジアやオーストラリアとの協調で進めることが重要と考えられる。

質疑応答

Q1今後の環境省の役割は。
A1環境省、経産省の完全な役割分担というものはないが、大雑把に言うと供給側、産業育成的なものは経産省、需要側、ライフスタイル、地域的側面は環境省と言うことが出来る。ただ、それぞれが完全に独立しているものではないので、どのように連携していくかが重要。他にも農水省や国交省等とも分担して役割を果たすことが重要。
Q2脱炭素化支援機構とGX推進機構との違いは。
A2大きさが違う。また、GX推進機構は信用保証をメインにしている一方、脱炭素化支援機構は出資、資本投下をメインにしている。
Q3核融合炉は。
A3実験炉は文科省、実用炉は経産省が管轄している。核融合炉は多分に実験の世界なので文科省がメイン。ただ実験の先には電気を起こすという実用を見据えているはずなので、どこからか経産省が電力会社を巻き込んでやるかと言うことにもなるかと思う。
Q4GXの話だが、日本は国土が狭く再生可能エネルギーには向かない、資源が乏しい、重化学工業が盛んでエネルギー需要が多いという三重苦。GX実現の可能性は大変低いように思うが。
A4仰る通り三重苦。だからこそGXはやらなければならない。日本は石油を求めて第二次世界大戦を始めたので、石油に代わる脱炭素エネルギーを求めるしかない。つまり現状では水素に求めるということ。しかし水素が国内で生産できるわけでもないので、輸入に頼り付加価値を付けて販売しその輸入代金を賄う。これでは今までと同じ経済スタイル。このスタイルがどこまで持つかは疑問。エネルギー消費型の重化学産業に頼る産業構造も見直す議論をする時期が来ているかと思うが、現在そこまで議論は出来ていない。産業構造の議論無くGXを進めるのは狭い一本道を進むようなもので、トランジションとアライアンスの議論が大事。いろいろな選択肢を検討することも大事だし、他国とのアライアンスを検討するのも大事。
Q5省エネだけでは不十分でエネルギーを作り出さないと駄目。再エネでは限界があり無理なので原子力に頼らざるを得ない。現在の原子炉は兵器を目的としたもので、民生用ではない。民生用の安全な原子炉に変換して行かなくてはならない。
 水素はオーストラリアで褐炭から生産し発生したCO2をCCSで地下に保存すると言われているが、CCSの持続可能性について疑問がある。10万年規模で考えたとき地殻変動等の要素も考えるべきではなか。
A5CCSについての懸念はその通り。オーストラリアも現政権はCCSに対しては慎重。10万年の安全については大いに研究の余地があると思う。国内でもCCS法案が出るがこれはCCSを手掛ける民間企業の責任の年限を切るというもので、10万年の安全とは別の話。
Q6輸入グレー水素での発電は水素のロンダリングになるのでは。
A6CCSの安全問題が解決しなければロンダリングになるのはその通りだと思う。
Q7EVは充電設備の故障、不備で困っているという話があるが、トータルでインフラも考えないといけないのではないか。
A7仰る通り。現状CO2の排出元を抑えるところ、端的には産業育成部分に予算は付くが、それを支えるインフラまでは回っていない印象。洋上風力発電を支える送電網や、EVを支える充電インフラに対しては不十分。いろいろな機会をとらえて発信していきたい。
Q8脱炭素が多方面、各分野に及ぶと監督官庁の意見が対立することもあると思うがその際には調整機能が必要になるのではないか。そのような機能は制度的に存在するのか。
A8仕組みとしては内閣官房の内閣副長官補室やテーマによっては調整会議がある。最近は政高官低で官邸の意向で調整が行われることもある。ただ、もっと大きな国のありよう、産業構造の議論をするような場は無いように思う。中国やEUなどはもっと戦略的にしたたかに立ち回っており日本も考える必要があるように思う。
Q9官僚の皆さんにもその様な共通認識はあると理解してよいか。
A9共通認識はあると思う。
Q10原子力政策は民意が大きく影響しており、国策として推進しようと思えば国民に対するPRとか説得を十分にやることが重要と思うが、誰がやっているかわからない。
A10私は規制側で規制をキッチリやることで科学的な安全性を担保するという立場だった。推進するかどうかは経産省で責任持ってもらうという関係だった。政治も含めて原子力をガンガン推進すると表で言う人はあまりいない。選挙があるから。温暖化をネタにしてでも、エネルギーの安定供給をどうするかを議論する場が必要。賛成、反対両極端の人が別々に発言するばかりで中間が何もない。音頭を取る人がいない。電力会社の人たちも本音で原子力発電の新設をしたいのかわからない。
Q11電力会社は再稼働なら安くて良いが、新設はコスト的にも安全性からもやりたくないと言う。最終的には電力会社がやる気になるかの問題。
A11イギリス政府は原子力が重要と考えて、太陽光発電に対するFITの様な優遇策を原子力発電にも導入して推進しようとしている。それでも高いものになりなかなかうまくいっていないようだが。
Q12無限責任を最後誰が取るのかはっきりしない。
A12今の法律上、天変地異の時は無限責任ではないとしているが、東日本大震災の時には責任ありとされたので、一体責任はどこまでなんだとなっている。

以 上(石坂直人)

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