(日本酒文化研究会)
開催日時 | 2024年4月10~12日 |
旅程と主要訪問先 | 4月10日㈬ 金沢市 石川県酒造組合、吉田酒造、福光屋 4月11日㈭ 富山市 桝田酒造、岩瀬まちづくり㈱ 4月12日㈮ 富山市 冨美菊酒造 |
参加者会員 | 市古(338)、角谷(766)、嘉屋(982)、近藤(115)、段谷(740)、樋口(1380)、 平尾(1190)、宮武(1375) 7名(あいうえお順) |
内容:
今回のツアーは日本酒文化研究会としての酒蔵研究訪問は勿論であるが、今年1月の能登地震で被災し甚大な被害を受けた石川県酒蔵組合に対してディレクトフォースとして義援金をお渡しするという使命と、富山県富山市の桝田酒造の五代目当主である桝田隆一郎氏が興した岩瀬まちづくり株式会社の営みを地域デザインの視点で学ぶといういつも以上に中身の濃い旅となった。勿論、復興支援のため参加者は地域の為に宿泊・飲食だけでなくお酒は勿論、土産品購入など消費に励んだことは言うまでもない。
地震被害について:
石川県では能登半島全体を中心に被害甚大。能登の酒蔵11軒のうち全壊5軒、半壊6軒と殆どの酒蔵が大きな被害を受けた。出荷を待っていた製品はほぼ全て壊れ、一部タンクに残っていた醪が見つかった蔵は、夫々に金沢、白山の蔵に製造を委託するなど助け合っている蔵がある。金沢市内でも能登ほど甚大ではないが被害が出ている。蔵の被害は従業員にも出ており被害を受けた従業員で当面働けない人たちもいる。富山県でも、訪問先である桝田酒造では製品が数百本壊れ、蔵の壁の一部に亀裂が入った等被害を受けている。
【地域デザイン総合研究所 平尾光司会長レポート】
1.日本酒文化研究会の活動
研究会は日本酒を味わい、楽しみの目的から3年前に発足した。日本酒の文化、地域産業としての存在を探求する活動を展開してきた。
これまでに秋田、山形、新潟、青梅などの20を超える蔵元を訪問して日本酒の生産の現場について知見を深めてきた。各地の蔵元のご好意による自慢の美酒を味わう機会にも恵まれた。
日本酒が地域経済に重要な存在であることを確認した。同時に需要構造の変化、新規市場の開拓、特にグローバル市場の開拓の課題に当面していることを認識した。
2.今回の北陸訪問の目的
(1)企画段階
昨年の秋に日本酒の有力な生産地域である北陸を次の調査地域に決定した。
日本酒文化研究会のメンバーの人縁、地縁を辿って訪問先を選定した。
また日本酒の蔵元だけでなく日本酒による地域活性化の現場を見学するプラン作りを進めた。
(2)能登地震の発生
訪問プランを固めた段階で能登地震が発生した。被害の規模の大きさ、被害地の広がり、酒蔵の甚大の被害から訪問中止を検討したが訪問先から受け入れの強い意向が寄せられた。
また多くの支援ツアーも組まれており、現地での宿泊、飲食、土産品の購入による支援も兼ねて挙行することに決定した。
(3)北陸支援義援金
デイレクトフォースの理事会でDFとして最大の被害を受けた石川県酒造組合に義援金100万円を寄付することを決定し、持参することになった。
4月10日、石川県酒造組合理事、福光社長に目録贈呈して感謝された。
(4)視察団の構成
日本酒文化研究会のメンバー6名(角谷、宮武、近藤、樋口、嘉屋の各氏と平尾に加えて段谷代表、観光立国研究会から市古代表、北陸ブロック代表の川崎氏が参加された。
また富山では、富山経済同友会の森田弘美氏、石川では地域コンサルタントの萩原芙美子氏)が参加され地域デザイン綜合研究所にもつながる多様なメンバー構成となった。
(5)視察日程の特記事項
角谷氏の詳細な酒蔵めぐり報告に譲るが今回は酒蔵だけでなく金沢では九谷焼の老舗鏑木商店を訪問、九谷焼の新規マーケットの開拓戦略を8代目当主、鏑木社長から聞くことが出来た。その戦略の成功で店舗にはインバウンドの観光客が溢れていた。
また富山では、岩瀬地区を地域開発のモデル地区として視察した。岩瀬地区は富山市郊外にあり、江戸時代から北前船の寄港地として繁栄したが近年衰退していた。
小生が10年前に北前船調査で訪れた時には人影もない寂れた町であった。今回訪問してみて町がすっかり活性化しているのが印象的だった。
この岩瀬地区の街造りには同地の酒造会社、冨美菊の桝田社長のビジョンとリーダーシップに負うところが大きい。
桝田氏は2004年に岩瀬町づくり株式会社を設立。北前船の船主の古民家を再生して、県内外からレストラン、民芸品店、ホテルに転用して賑わいを取り戻している。レストランの利用客は首都圏、インバウンドの客も多いと聞いた。
岩瀬地区の繁栄の快復はビジョンを持って地域の活性化をはかる地域デザインに大きな示唆となると感じた。
【日本酒文化研究会 角谷充弘会員レポート】
1. 義援金目録贈呈(再掲)
4月10日16時、金沢市内の酒蔵福光屋の第13代当主福光社長(石川県酒造協会元会長、現理事)を訪ね、平尾会員より義援金目録を贈呈した。
2. 吉田酒造訪問(4/10 13時半~15時)
訪問者;角谷、嘉屋、平尾、宮武、現地在住 萩原様同行
《概要》
- 1870年(明治3年)創業。
- 手取川と吉田蔵Uの二つのブランドで年間2,500石(一升瓶25万本)を生産。
内訳は手取川2,000、U500石で付加価値を高め量は減らす方針。 - 現社長は東京農大醸造出身40代前半の3代目ながら3年ほど前から環境保護の重要性と地元産のコメ、酵母に拘わる姿勢を熱く語ってくれた。
- 水は白山を源流とする手取川の伏流水「100年水」の井戸が敷地内にある。硬度は110mg/Lと中硬水でミネラル豊富。
- 米は地元産の酒米、石川門。 心白大だが割れやすく処理が難しく山田錦も一部使用しているが地元のコメに拘り遭えて使用に踏み切っているとのこと。
- 酵母は北陸3県でしか使用を許されない金沢酵母(きょうかい14号)使用。
- 能登杜氏の影響が強い地元で伝統的な山廃造りをクラシック山廃と呼び、現社長はこれを手取川で維持しながら、吉田蔵Uではモダン山廃と称する酒母造り実施している。酒母は27日で完成。
- 自然と共存するという明確な方針を打ち出している。地元米を使用しないと農家が米作り出来なくなり田圃の跡地に建物が建つのは自然破壊であると。工場隣の田圃には農業と太陽光発電を共存させる Solar Sharing を実施し、近い将来工場で使用する電気の相当部分は再生エネルギーで賄うなど具体的に進めている。
試飲
純米大吟醸手取川山田錦万華鏡¥11,000、山廃純米酒、純米大吟醸手取川、他スパークリングを含む計6種無料で試飲させて頂いた。
3. ㈱福光屋訪問(4/10 16時~17時45分)
訪問者;吉田酒造に同じ
《概要》福光社長自ら1時間半強にわたり説明頂いた。
- 1625年創業、石川県で最も歴史あるかつ最大手酒蔵である。13代目現当主、福光社長は元石川県酒造協会長。日本酒、焼酎、リキュール他酒を使った食品、化粧品等多角的製造販売。
- 日本酒生産量は11,000石で全国で20位前後。社長に依ればこれ以下の酒蔵が所謂地酒蔵と言える。石川県では福光屋の他、手取川、天狗舞、菊姫、宗玄は2000~2500石で大手五社となる。地震被害を受けながら被害を逃れた醪を所有する奥能登の蔵の酒造りを支援している。
- 同社は2001年純米蔵宣言し、以降全量純米酒を醸している。
- 1959年より古酒造りにも力を入れており、30年古酒は100,000円で販売。
- 秋、冬、春の3シーズン造り。全員社員杜氏である。
- 米は山田錦、五百万石、金門錦(掛け米用)を兵庫、富山、石川、長野で契約栽培。兵庫県多可町の農家とは*村米制度(むらまい)に基づき直接取引している。
*米産地農家と蔵が直接取引する制度で主に兵庫県において明治20年代に灘の蔵と山田錦の産地で始まった制度で現在も三木市吉川を中心に残っている。
試飲
市場でポピュラーな加賀鳶、黒帯の他、「仲汲み」だけを使用し低温長期熟成させた純米大吟醸瑞秀(みずほ)、5~30年古酒等貴重で多彩な酒を全て無料で試飲させて頂いた。特に黒帯3種について社長自らの説明によると、黒帯は麴米に山田錦、掛け米に金門錦を使用し冷やから熱燗に至るまで色々な温度でその良さを味わえるよう設計しているとのこと。
「悠々」は50,65,68%精米、黒帯山廃堂々は50,60%、飄々は50,60%といずれも純米酒でありながら吟醸大吟醸と同じレベルの精米により香りと味わいを料理と共に楽しめる酒となっている。
4. 桝田酒造訪問(4/11 14時~16時)
訪問者:角谷、嘉屋、近藤、段谷、樋口、平尾、宮武 計7名、現地在住 森田様同行
予め桝田社長とアポをとれていたが、当日体調不良とのことで欠席。社長の命を受けた蔵人に約3時間にわたり酒蔵、街つくりについて丁寧な説明を伺った後、街の主要な見どころを案内して頂いた。
- 明治26年旭川で創業、その後明治38年に東岩瀬に移転。現社長の桝田隆一郎氏は2004年第5代目当主として就任。歴代当主に仕えた三盃杜氏が酒造りを仕切る中、現社長は就任早々街おこしに興味を持ち、岩瀬まちつくり(株)を設立、今日に至る。
- 昭和40年代と言う早い時期から吟醸酒造りを模索、現在ほぼ8割が吟醸酒である。年間生産量は2000~2500石と規模は大きくない。
- 蔵人の案内により街の見所を訪ねた。
- 酒商田尻本店:恐らくこんな酒屋は東京でも経験できないだろうと思われるほど 全国の銘酒とワインの品揃えは圧巻である。
- 沙石:桝田酒造の経営する日本酒立ち飲みバー。全ての桝田酒造の酒が飲める。
蔵人の振舞いを受け10種近く無料で試飲することが出来た。 - KOBO Blue Pub:ヨーロッパタイプのクラフトビールが10種類ぐらい楽しめるゆったりとした
雰囲気で落ち着けるパブ。 - 酒亭楽くちいわ:蕎麦懐石の店。やはり桝田社長に誘われ富山県朝日町より移住された主人が
一人で蕎麦打ちをカウンターの目の前で行い料理とペアリングした酒を同時に供すユニークで
酒・料理・蕎麦に拘る店。全員で会食した。蕎麦懐石だけで13,000円、酒を加え計16,000円は
かなり高いと思うが確かに美味かった。
5. 冨美菊酒造訪問(4/12 9時半~11時)
訪問者:桝田酒造と同じメンバーに観光立国研究会より市古会員参加
《概要》
- 大正5年創業。 年間通して醸す四季醸造を2020年頃から始めH19年に300石に落ちた生産量は今では 1300石に回復している。羽根屋と冨美菊の二ブランドあり「全ての酒を大吟醸と同じ造りで」がモットー。羽根屋は全て「中取り」を使用した手間をかけた少数限定品。
- 特定名称酒比率が99%と極めて高いのが特徴。(石川県の平均は82%)純米酒比率75%。四季醸造する蔵は全国でも5~6社、常にフレッシュな酒を提供できるメリットがある。
- 輸出は韓国、台湾など細々と。海外での日本酒品評会に出るようにしていると賞を取ればインポーターから声が掛かる。
- 米は山田錦、五百万石, 雄山錦を全量委託精米し購入。
- 水は立山連峰を水源とする常願寺川水系の天然水を使用。
- 酒母は全て速醸酛、2週間で完成。(生酛だと1か月近く要す)醪は25~30日。
- 麴室は二部屋に分かれ、床(トコ)と呼ばれる大きな作業台に200Kgのコメを延べ麹菌を振ると翌日隣の部屋に或る棚に移して2日間で完成させる。室の温度を35度程度に管理する必要があり、昨今の温暖化による高温化が今後心配と。
- 種麴は全国に数軒しかない種屋で調達。
- 醪は7日目から泡立ち約25日で完成 ⇒ 絞り ⇒ 瓶詰め ⇒ 火入れ ⇒ 出荷
試飲
純米大吟醸きら火生酒、純米大吟翼、大吟山田錦、純米吟クラシックの4種試飲。
6. 金沢の茶屋文化と伝統技術を体験
金沢でのランチ(金沢茶屋)、夕食(かめや)⇒ 西茶屋ではいずれも茶屋文化の一端を体験することが出来た。又11日は九谷焼の銘店鏑木商舗で八代目当主から九谷焼の歴史、技術等解説頂き非常に貴重な時間であった。
【観光立国研究会 市古紘一会員レポート】
昼過ぎに富山駅を出発した路面電車富山港線は、住宅街を走り抜け20分ほどで東岩瀬駅に到着した。町並みに向かいしばらく歩くと明治26年創業の桝田酒造店の大きな杉玉が見えてきた。この東岩瀬まちつくりの代表でもある桝田社長は残念ながら不在であったが、蔵人の案内で歴史ある酒蔵を見学することができた。
桝田酒造店の前の旧北国街道は、平日の午後ということもあるのだろうか、人影は少なく車の往来も少ない。南北に約500メートルの街道の両側には旧家が軒を並べているが、店の広告など一切無く中の様子は全く分からない。東岩瀬地区は江戸時代北前船の寄港地として栄え、森家、馬場家など多くの屋敷があったと言われている。その後多くが消失したが、明治期に再建されて今に残っている。このまちづくりを推進してきた桝田社長はその廃屋を古民家にリフォームし、そこに各地から芸術家や料理人などを集め理想のまちづくりを行っている。
通りを歩いていくと、森家の蔵の1階はグラスギャラリーに、馬場家の蔵はパブになっている。また桝田酒造店は「沙石」という日本酒パブを開いており、その側には立派な庭園をもつイタリアンがある。その他フレンチ、すし、和食などミシェランの星の店が並んでおり、まさにグルメの町となっている。まちづくりにグルメは大切な要素ではあるが、これによって観光客を集めようとする様子は全く感じられない。外国客も含め真に食を愛する人が静かに集まって来るのが、東岩瀬のまちなのである。
まちづくりは各地で進められているが、その成功例には共通点がある。第1に歴史的遺産があること、第2が地元の素材の美味しい料理が楽しめること、そしてまちづくりに向かって強いリーダーがいることである。そんなことを考えながら向かった店が蕎麦懐石「くちいわ」であった。古民家づくりの店に入ってびっくり、全く蕎麦屋のイメージとは異なる。
10名座れるカウンターの奥はキッチン、蕎麦を茹でる大きな釜まで見える。そこで店主によるショーが繰り広げられた。フルコースの中で特に印象に残ったのは、蕎麦の刺身、粗挽きの蕎麦がき(特に揚げ蕎麦がき)そして二種の蕎麦(最初に群馬産の玄挽き、〆に霜降り牛肉入り在来種温蕎麦)であった。
今回ツアーに参加させていただき、感謝しています。元気な酒蔵を見るとともにまちづくりの一つの姿を見ることできました。また思いがけず高級蕎麦店で蕎麦のフルコースを味わうことができました。北陸震災の復興が早まることを願っています。
以 上(新庄正彦)