企業ガバナンス部会第20クール
第1回月例セミナー講演要旨
(角田大憲弁護士2024.09.30)

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日時2024年9月30日(月)14:00~16:00
場所Zoom+DF事務所スタジオ751
テーマ「上場企業の取締役・監査役に求められる法的義務と責任」
講師角田大憲法律事務所 弁護士 角田大憲氏
参加38名(録画視聴者含む)

講演概要

DF会員が取締役や監査役を目指すに当たり、上場企業の取締役、監査役として知っておくべき役員の法的義務と責任、特に経営判断原則と内部統制システム整備等につき、具体的な裁判例や最近の類似トピックスも交え分かり易く解説頂いた。講演後は具体的な判例に対し熱の籠った質疑応答が行われ、終了後は懇親会に場を移してリアル参加会員を交え活発な意見交換が行われた。

講演内容要旨

Ⅰ 取締役・取締役会に関する基礎知識

1 取締役と会社との関係

  • 会社法では株式会社と役員(取締役、会計参与、監査役)及び会計監査人との関係は、「委任関係」にあると規定されており、従業員との最大の違いである。取締役・監査役には広い裁量がある。
  • 取締役は経営の専門家として会社から経営を任されている。監査役は、監査の専門家として会社から監査を任されている。受任者(取締役・監査役)と委任者(会社)の間は信頼関係が前提であり、利益が衝突する場面ではこれに関与しないのが賢明。信頼関係が無くなれば委任関係はむしろ終了させた方がよい。

2 取締役会の権限

  • 取締役会は取締役会設置会社の業務執行の決定と取締役の職務執行の監督を行う。
  • 一定の事項(取締役会専決事項)については取締役会で決定する必要があり、取締役会で決定しないと役員の損害賠償責任等が生じるおそれがある。但し、監査等委員会設置会社・指名委員会等設置会社では、一定の取締役会専決事項を取締役・執行役に一任できる。監査役会設置会社では一任の範囲・明確性に限界がある。
  • 個別具体的な取締役会専決事項(株主総会の招集、代表取締役の選定・解職等)と共に、抽象的に定められている事項(重要な財産の処分・譲受、多額の借財、その他重要な業務執行等)がある。

Ⅱ 取締役の義務

1 法令等遵守義務

取締役は、法令及び定款の定め並びに総会の決議を遵守し、会社のため忠実にその職務を遂行する義務を負うと規定されており、いくら会社にとって利益になるとしても、法令等に違反することはできない。

【大和銀行事件判決】

(大阪地判平成12年9月20日)
法令遵守義務に言及した事例

【日本航空電子工業事件判決】

(東京地判平成8年6月20日)
詳細省略

2 善管注意義務・忠実義務

  1. 善管注意義務・忠実義務とは
    受任者は善良なる管理者の注意をもって、委任事務を処理する義務(善管注意義務)を負う。取締役は、法令及び定款の定め並びに総会の決議を遵守し、会社のため忠実にその職務を遂行する義務(忠実義務)を負う。善管注意義務と忠実義務との関係は同じと考えてよい。
  2. 監視義務・内部統制システムに関する義務
    取締役の職務の執行の監督は、取締役会の職務であり、他の役員・従業員の違法行為であっても監視・監督するべき。大企業の様に容易に知ることができない事情がある場合は、違法行為が生じないような「内部統制システム」を整備(構築・運用)するべき。
【大和銀行事件判決】

(大阪地判平成12年9月20日)

Ⅲ 取締役の責任

1 取締役の会社に対する任務懈怠責任

取締役、会計参与、監査役、執行役又は会計監査人は、その任務を怠ったときは、株式会社に対しこれによって生じた損害を賠償する責任を負う。会社に代わって株主が訴訟提起する株主代表訴訟によって責任追及される場合が多かったが、最近は会社による責任追及がされる場合も多い(第三者委員会等)。

2 会社に対する任務懈怠責任を負わないために

  • 法令違反は必ずアウトになると認識すべき、裁判所の感覚や、手続の法令違反(取締役会専決事項への対応漏れ等)の観点に留意しておくことも重要。
  • 善管注意義務・忠実義務違反にはならないためには「会社のために」、「ベストを尽くしているか」、すなわち「経営判断の原則(ビジネス・ジャッジメント・ルール)に合致しているか」という観点がポイントになる。
【アパマンショップホールディングス事件最高裁判決】

(平成22年7月15日)

<取締役として任務懈怠責任を負わないためのポイント>
  1. 「具体的な法令違反ではない」こと 
  2. あくまでも会社のために行われ、その取締役に利害関係がないこと
    1. 会社と利益が衝突する場面では、経営判断に加わらないのが賢明
    2. 「親会社のため」「グループのため」は、直ちには「会社のため」とは言えないことに注意
  3. 経営判断が「十分な情報」(事実調査、資料収集、専門家の意見など)に基づいてされたこと
    経営判断のプロセス(過程):
    訴訟の場面において、裁判所としては、司法判断しやすい
  4. 経営判断の内容が「著しく不合理でない」こと
    経営判断の内容:
    訴訟の場面において、裁判所としても、司法判断しにくい

3 具体的な法令違反が問題とされた事例

具体的な法令違反があれば、ほとんどが役員敗訴か敗訴的和解となっている。

【石原産業事件】

(大阪地判平成24年6月29日):
フェロシルトが六価クロムを生成・含有する産業廃棄物であることを知りながら、事実を隠蔽・秘匿して販売・埋設。会社が元取締役を提訴(10億円)、役員は敗訴。また、株主代表訴訟も提訴された(475億円)。

【ゲオホールディングス事件】

(会社が提訴/損害賠償金約4億5000万円の支払):
元代表取締役の被告らが、法令及び職務権限内規に違反して、取締役会決議を経ずにコンサルティング契約を締結、合計約4億6500万円の支出を行った行為につき、取締役の責任を認めた事例。

4 具体的な法令違反のない経営判断(善管注意義務違反)が問題とされた事例

ほとんどが役員勝訴だったが(例:子会社救済、M&A、新規事業進出、公開買付けへの応募など)、経営判断のプロセスや利害関係が問題視されて役員敗訴となった例もある。

【アパマンショップホールディングス株主代表訴訟事件】

(1億26百万円、十分な調査なく株式取得)

【ツノダ株主代表訴訟事件】

(請求額9716万円、実態のない会社への不動産管理委託料支払)

5 他人の行為に関する責任と内部統制整備

  1. 監視義務・内部統制システム整備(構築・運用)義務を尽くしたかの問題
    データ偽装、不正会計、会社財産・情報の不正使用などの最近の問題の多くはこの類型に該当する。
  2. 信頼の原則
【ヤクルト株主代表訴訟事件】

(東京高判平成20年5月21日)

  • 担当取締役のチェックを担当する上司等の取締役はリスク管理方針・管理体制に沿って実施されているかを「監督」する義務を負い、部下等からの報告に不備等特段の事情がない限り、その報告等を基に調査、確認すれば足りる。
  • その他の取締役については、相応のリスク管理体制に基づいて職務執行に対する「監視」 が行われている以上、特に担当取締役の職務執行が違法であることを疑わせる特段の事情が存在しない限り、担当取締役の職務執行が適法であると信頼することには正当性が認められる。

6 不作為(放置・看過)による責任(他人の行為に関する責任)を負わないために

  • グループを含む内部統制システムの整備に努める(アップデートを怠らない)。タテの見直し(当社グループにおける過去の事例)とヨコの見直し(他社グループにおける事例)が重要。
  • 特段の事情がないか、専門家からの指摘、以前に同様の手法による不正行為が行われたことがないか、当該取締役の知識、経験、担当職務、案件とのかかわり等に留意する。

7 不祥事の非公表が問題とされた事例他人の行為に関する責任と内部統制整備

【ダスキン株主代表訴訟事件】

(大阪高裁平成18年6月9日判決、計106億2,400万円の請求)

Q&A

Q1今回の判例は十数年前のものだが、昨今はM&Aでの買収価格の妥当性やアクティビストの活動等経済環境が激変してきており、経営判断の原則から任務懈怠には該当しないと言い切れるのか、又経営判断の原則と最近の考え方の動向について伺いたい。
A1取締役の広い裁量の中でリスクを取らないリスクもある。経営判断をするに当たり以前と比べると精緻な判断方法が一般的になっており、そうしたものを使いながら合理的な判断をしたかが重要。この点で、社外取締役が助言出来るような必要十分な情報を会社が提供し、社外と社内の間で信頼関係が構築されていることも重要だ。
Q2ダスキンの様な案件で問題点の公表の要否につき顧問弁護士ではなく中立第三者の弁護士の見解を取り経営判断をしたケースはあるか。
A2銀行の追加融資の案件でこういう意見を書いてくれと弁護士の見解を求めたことが認定されたケースでは、裁判所は経営判断の原則の適用を認めなかった。このように、はじめから結論ありきでは真摯な検討とはいえないが、顧問弁護士であるから直ちにいけないわけでもない。顧問弁護士であろうと中立第三者の弁護士であろうと適正なプロセスを経て判断を得ることが必要。
Q3ダスキンの事例が興味深いが平成18年の高裁での控訴審判決より現在の方が判決の基準は厳しくなっているか。
A3仰る通りだが訴訟になっているケースは少ない。最近では紅麹案件の事例があるが、訴訟はあるとしてもこれからとなる。会長は2月に社内で認識し、社外取締役は3月に認識して公表された。裁判の結果和解になることが多い為、判決文になるものは少ない傾向がある。
Q4経営判断の合理性や合理的判断の基準についてご教示願いたい。
A4世間一般的にこの程度のことは調べて判断しているということであれば良いが、プロセスの方は案件の中身より厳しく見ておくことが重要。
Q5訴訟になった際に取締役会の議事録が資料になるが、どこまで記載するかという問題もある。
A5審議の内容を記載しておく必要はあるし、一体資料であれば添付資料に何を付けるかが重要。
Q6取締役は一人一票の議決権を持っており、皆が経営者として平等と考えられるが如何か。
A6同じ取締役でも事業部門の代表の取締役や監査等委員の取締役に見られる様なダブルハットでは立場は異なる。ダブルハットが出来ないのであれば執行側の役員に留まるべき。
Q7社外取締役の立場で判断する上で何処迄社内のことを知るべきか、「和して動ぜず」という格言もあるがどの程度のレベル感を持っておくべきかご教示願いたい。
A7自ずと限界はあるが頑張って知ろうとすることが重要で、それによって独立性が失われることはない。
Q8ダスキン案件のY7社外取締役は情報を知ってから調査委員会を提案したのに巨額の損害賠償責任を負わせる判決を言い渡されている。
A8自ら積極的に公表しないこととした点が問題であり、少なく共行政には知らせることが出来た筈である。
Q9取締役の不作為の責任のタテ(自社)とヨコ(他社)の内ヨコについて同業他社の品質不正等の動向等を目にした時、自社の証拠を固めておく必要があるのか。
A9第二線の部門がひやりハット事例を取締役会に報告している企業は多い。

以上(國安幹明)

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