2025年4月16日(No.435)
千田康夫
「第二の人生は趣味を持て。年老いても続けられるものが良い。サラリーマンはゴルフや映画鑑賞に偏りがちだが、違う趣味を持つべきだ。現役引退してからでは腰が上がらないから、今のうちから始めるのが良い」

先に仕事を引退した先輩から、そんなありがたいアドバイスをもらったのは、私が六十を過ぎた頃だった。

さて、何を始めようか?スポーツなどアウトドアは天気や年齢に左右されるし、楽器が良いかもしれない。どうせなら、あまり人がやっていない楽器が良いなぁと思い、ふと思い出したのが中国の庶民の楽器『二胡』だった。
遡ること二十数年前、チェンミンさんや女子十二楽坊が日本で人気を博し、彼女たちが奏でる二胡の調べは、私たちの癒しの音となった。ドラマ「仁」の挿入歌にも使われ、日本でもファンが増大したのを覚えている方も多いだろう。でも、それが二胡という楽器と知っている方は少ない。
私もたまたま、仕事柄、二胡演奏のコンサートによく行かせていただき、本当に良い音色だとは思っていたが、まさか自分がいつか演奏側に回るとは、夢にも考えていなかった。
ただ、ふと、この楽器を思い出してしまったのと、近くに二胡を教える音楽教室があったことが重なり、レッスンを受けるようになった。最初の二年くらいは、仕事が忙しすぎて、たまに家で基本的な弾き方の練習をしていたら、自分では、それでも音が出てご満悦でいたのだが、別の部屋から奥様が大きな声で。「そのノコギリみたいな音何とかならないの?」と怒られる始末。情けないやら、なかなか上手くならないジレンマで、一度はやめようかと思ったこともあった。


そんな折、当時習っていた先生からお声が掛かり、個人レッスンで習っている生徒さん達が、自分がどれくらいうまくなっているかもわからないし、ただただ練習していても張り合いがないというので、生徒さん達みんなで集まって練習したらどうかという提案をいただいた。しかも、その生徒さんのお一人が、横浜の特別養護老人ホームで働いていらして、その施設内のホールを練習場所として無料で貸していただけるということになり、生徒数名が集まって練習することになった。
老若男女、二胡経験もまちまちの人たちが集まって練習を始めると、皆で演奏することの楽しさを感じた。その練習を聞いていた施設の職員の方が、どうせなら、この施設で定期的に演奏会を開いて欲しいと依頼され、そこから最初は不定期であったが、ミニコンサートを行なうことになった。
グループの名前は、私が、『二胡っとクラブ』と名付けた。ありふれているかもしれないが、二胡という中国の楽器を用いて、その演奏を聞いて頂いた皆さんに、少しでもニコッと笑顔になって頂きたいという願いを込めたつもりだ。

それが、二〇一九年の話。その年に、六回ほど、ミニコンサートを開催した。 が、二〇二〇年にコロナが襲い、この演奏会も中断。皆で集まっての練習もできなくなり寂しい思いも味わった。

そうこうするうちに、クラブのメンバーも半分以上、転勤されたり、お止めになられたりする方も出たが、一昨年の二〇二三年から、残っている有志が集まり、そこに若い頃に培った⁉得意のナンパ術で新規メンバーを募り、活動を再開した。今では、メンバー数も二十名ほどになり、訪問施設も系列の施設へも遠征するようになり、毎月第3日曜日に、どこかの施設でミニコンサートを開くのと、その前に合同練習するのが習慣化し、とても大事な生活の一部になってきている。
ミニコンサートと言っても、全部でアンコールも含めると十二曲ほどを演奏する。その曲に合わせて、施設のお爺さんやお婆さんに歌詞カードを渡して一緒に歌ってもらう。その為には、季節に応じて、選曲し、彼らが良く知っている曲を演奏する。ただ弾くだけだとメリハリがないので、二重奏や、ソロ演奏を入れたり、たまには、演奏と歌を交えたりもする。高齢者の中にお誕生日の方がいれば、ハッピーバースデーを演奏してお祝いをして差し上げる。
もう、おじいちゃんやおばあちゃんは、(そういう私もそのおじいちゃんの一人なのだが)泣いて喜んでくれる。握手まで求められる。拝んで感謝される。また来てくれとせがまれる。その瞬間、こちらも、下手な演奏を聴かせたなぁと反省しながらも、大いに喜びを感じる。やって良かったという達成感を味わえる。

私は、かねがね、第二の人生は、格好つけて言えば、利他主義で生きていこうと考えていた。これからは自分の為、家族の為ではなく、世の為、他人の為に生きていこうということだが、この利他主義というのは、言い換えれば、合理的利己主義と言い換えられる。つまりは、自分が楽しんで行うことが、他の人々にも喜んでもらえることが大事であって、何も自分がこの身を捧げてまで他人の為に行なうことではないと思っている。
この二胡の演奏を通じて、私はこれからも人生をさまよい続けるのだろうか? それもまた良しと感じている今日この頃である。
以 上
せんだ やすお(1409)
(サンスターグループ)