出生地主義をめぐる6月26日の最高裁判決
秋山武夫会員(1417)

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NY在住の弁護士 秋山武夫会員(1417)より、米国トランプ政権の出生地主義解釈変更めぐる6月26日の最高裁判決について解説の投稿を頂きましたので掲載します

アメリカ合衆国では、これまでの通例として、米国内で出生した者には、その親の国籍や在留資格にかかわらず、自動的にアメリカ市民権を与えるというプラクティス(慣行)を採用してきた。これがいわゆる「出生地主義」である。

この原則の法的根拠は、合衆国憲法修正第14条にある。その条文および日本語訳は以下の通りである:
[条文]
All persons born or naturalized in the United States, and subject to the jurisdiction thereof, are citizens of the United States and of the State wherein they reside.
[日本語訳]
アメリカ合衆国で出生または帰化し、かつアメリカ合衆国の管轄権の下にあるすべての人は、合衆国およびその居住する州の市民である。

出生地主義を支持する代表的な判例は、1898年の連邦最高裁判決 United States v. Wong Kim Ark である。本件では、中国籍の両親のもとアメリカで生まれたワン・キム・アークが、国外旅行後に再入国を拒否されたことをめぐり、市民権の有無が争われた。最高裁は6対3で、彼が米国内で出生し、外交特権などによって米国法の適用を受けない立場にない限り、憲法修正第14条によりアメリカ市民であると判断した。

この憲法文中の “subject to the jurisdiction thereof” という文言は、通常、「アメリカ合衆国の法律の適用下にあること」と解釈されてきた。具体的には、外国政府の外交官の子など、米国の法的強制力が及ばない立場にある者を除き、たとえ不法移民の子であっても、またビザなしで入国していた親の子や、外国企業の駐在員の子であっても、アメリカ国内で出生すれば市民権を自動的に取得できるとされてきた(この点は Wong Kim Ark 判決でも支持された)。

これに対して、トランプ大統領は「subject to the jurisdiction thereof」の解釈を大きく転換しようとしている。彼の立場は、「アメリカに忠誠を尽くすべき法的・政治的関係にある者の子に限って市民権が付与されるというものであり、そのためには少なくとも両親の一人がアメリカ市民または永住権保持者である必要があると主張している。

日本の読者にとって特に重要なのは、駐在員としてアメリカに居住している間に出生した子どもが、これまで通例的に市民権を付与されていた点である。トランプ氏の解釈が採用されれば、これらの子どもは市民権を得ることができず、従来の「出生地主義」による保護は否定されることになる。

ただし、トランプ大統領の意図は、すでに出生によって市民権を得ている者の市民権を剥奪することではないとされる。あくまで将来的に新たに生まれる者に対してこの基準を適用しようとするものであり、既存の市民権者に遡及的に適用する意図は示されていない(憲法の解釈が間違っているのなら、過去に間違った解釈に基づいて与えられた市民権は過去に遡ってはく奪すべきであり、極めてご都合主義である)。今後この方針が実施される場合、例えば出産後にどのような行政手続きが取られるのか(出生届の拒否、強制送還措置の有無など)についての実務的対応が注目される。

このように「subject to the jurisdiction thereof」という条文を「忠誠」概念に置き換えることには、法的に大きな疑義がある。Wong Kim Ark 判決の法理にも明確に反するが、トランプ前大統領はこれを大統領令(Executive Order)という形で導入しようとした。彼の立場を支持する一部の保守派法律家や団体が存在し、政治的支持を背景にその実現を目指してきた。将来的には今後最高裁で争われることにもなろうが、保守派判事6対リベラルは判事3のもとでは今までの解釈が破棄されるかもしれない。

この大統領令に対して、複数の州および市民団体が連邦裁判所に提訴している。そのうちの一件に関して、2025年6月26日、合衆国最高裁は次のような判断を下した。すなわち、「連邦地裁が全国レベルで執行停止命令(全国的インジャンクション)を出す権限はない」とし、その判断の範囲はあくまで個別の事案に限定されるべきとしたものである。

この判断により、出生地主義の憲法的有効性が否定されたわけではないが、全国的な差止を求める訴訟戦略には限界があることが明確になった。判決は保守派判事6名による多数意見で下され、3名のリベラル判事はこれに反対意見を述べた。

このような状況を受けて、市民団体等は以下のような対応を模索している:

  • 各州単位での提訴を促進し、州ごとに判決を積み重ねる「分散型」訴訟戦略を採用
  • 州政府による出生届の発行継続を法的に保障させるロビー活動
  • 議会レベルでの反対決議・立法措置の促進
  • 既得権保持者への不利益変更を防ぐための確認訴訟

以 上(秋山武夫)

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