7月16日(No.441)
菅原信夫
5月某日、私はハルビン市内で映画を見ていました。 これまで多くの国で映画を観てきましたが、中国は初めて。 切符を購入する手順さえ知らず、しかし、今回の旅では現金を一切使用することがなかったので、映画館での支払いもAlipayで可能だろうと思い、出撃を決意しました。



現在の中国は、少なくとも大都市では現金でのやり取りはほとんどなくて、路上の野外床屋さえノーキャッシュ。 出発前にAlipayアプリをスマホに入れて、そのアプリに私のクレジットカードを連携させることで、現地ではどんな買い物もQRコードを示す、あるいはこちらで読み取ることで簡単にできました。

さて、向かった映画館は「万達シネマ(Wanda Cinema)」、ハルビン最大の繁華街「中央大街」が松花江にぶつかる最高の場所にあるエンタメビルの中にIMAXを含む9スクリーン合計2000席を擁する大型劇場です。Wandaグループは同様スケールの劇場を市内4箇所で運営していて、中国映画産業の興行部分の規模がわかります。
さて、「Love Letter」ですが、岩井俊二監督1995年作品で主役を最近亡くなった中山美穂さんが演じています。 全編北海道ロケを敢行し、それが中国、韓国で評判となり北海道がインバウンドのメッカになったという曰くつきの作品です。 今回は4Kリメイク版での上映ということで多数の観客を期待したのですが、当日最後の上映回だったということもあり、200名収容の中型スクリーンに20名程度の入り。その上、中国人の映画鑑賞というのは非常に個性的で、面白くないと上映中でもどんどん退出してしまいます。 結果、最後のエンドロールまで残っていた人数は10名程度。この作品は中国、韓国で評判になったとは日本の制作会社の弁ですが、少なくとも中国人には人気があまりないことはわかりました。
日本のシネコンでは、人気のない作品は、大型スクリーン→小型スクリーン、上映回数減少、上映時間を早朝あるいは最終回に移動、など機動的な対処をし、最終的には静かに上映対象から外します。中国では日本の映倫にあたる国家電影局の厳しい審査を通った外国作品は不人気を理由に上映予定を短縮することは認められておらず、この「Love Letter」のように観客がいないのに上映を続けるという不都合が生じます。

国家電影局で認可される外国映画は年間120本程度とのことですから、「Love Letter」は貴重な1本と言えます。どんな作品がこの Wanda Cinema で上映されているのか、館内のポスターをチェックしてみました。意外なことは、この週の上映作品は中国3、アメリカ3、日本3でヨーロッパ作品が皆無だったこと。たまたまこの週だけかもしれませんが、中国の観衆が求める映画はアメリカと日本、という傾向が見られます。ところで、「Love Letter」のポスターを探したのですが、館内には貼られていませんでした。 何か意図があるのでしょうか。


世界の映画生産ランキングを見ると、ずっとアメリカが1位ですが、その地位は下がりつつあります。 下がったポイント以上に上昇中なのは中国の映画生産です。 現在米国に次ぐ世界第2位となっています。 そして、3位の英国は、そのほとんどが米国資本で作られていますから、英米映画とひとまとめにすると、英米、中国の次は日本ということになります。 まさに Wanda Cinema 上映作品国別ランキングと同じです。

日本で紹介される中国映画が少ないため、日本の映画ファンには馴染みが薄いのですが、私がこれまでみた数少ない作品から考察すると中国映画にはいくつかの特徴があります。
①規模の大きさ:中国本年度公開作品の興行収入1位は「魔童闘海」という中国神話をアニメ化したもので、すでに153億元の売り上げを記録しています。(興行続行中)日本の全映画興行収入が2070億円(103億元)ですので、中国のヒット作品1本の売り上げは日本の全映画収入を抜く、まさにモンスターです。
②愛国主義的ストーリー:昨年、日本で「Born To Fly ー 長空之王」という2023年の作品をみました。 ストーリーはまさに国威発揚ムービーなんですが、登場するステルス型戦闘機は、中国が開発した第5世代ステルス戦闘機「殲-20(J-20)」です。その珍しい飛行場面がこれでもか、というくらい登場するので、ドキュメンタリーと割り切ると観る価値の高い作品でした。
③政治色抜き、国際情勢反映せずの制作姿勢:国家電影局の許可が一番とりやすく、また観衆動員力が強いのは中国神話を扱うアニメです。「魔童闘海」はまさにそれで、すでに数本がシリーズとして制作され、全てヒットしました。テーマは古代歴史ですので、政治色ゼロです。
以上のような背景を知ると中国での日本映画鑑賞は大変貴重な機会に思えます。 観客もまばらなシートに座り、QRコードで座席のマッサージ機能をONにして大画面を見ていると、中国旅行も悪くはないなという感覚が沸々と湧き起こります。 今回の旅全般で感じたことですが、中国の清潔度は確実に上がっていて、この映画館も座席周りが清潔だったのが嬉しかったです。

私は常々映画は映画だけでは終わらない、その時代を取り巻く全ての要素が映画なのだ、と思っています。
また、ハルビンという街そのものが映画になりやすいと思いました。事実、7月4日から、伊藤藤博文公がハルビンで暗殺された事件を描いた韓国映画「ハルビン」のロードショーが日本でも始まります。 そんなハルビンの様子をDFUでは「ハルビン旅行報告会」という形で近日中に実施します。
皆様の映画や中国へのご関心を映愛会およびDFU(DF国際研究会)で共有しましょう。ご関心を持たれた方はぜひ入会をお考えください。
すがはら のぶお(1150)
(映愛会、ワイン同好会、鎌倉ユニット、国際研究ユニット、中国放談会、吟亮会)
(元・伊藤忠商事)