皆既月食考
喜寿を過ぎた身にとって、天候に恵まれ、意識も明晰なまま、再び皆既月食を目にできる機会はそう多くは望めまい。そこで、深夜に目覚まし時計を仕掛け、心して観察と撮影に臨んだ。
環境・エネルギーと天体現象は一見無縁のようでありながら、決して切り離せぬ関わりを持つ。そう思い至り、この環境コラムに筆を執った次第である。



私は小学校で地球儀を用いた授業を行っているが、子どもたちは「地球は丸い」と知識としては理解していても、それを自らの眼で確かめた経験はない。古代の人々は、突然月が暗赤に染まる光景に遭遇し、畏怖とともに世の乱れを予兆したに違いない。実際、現代の日本でも、国難ともいうべき状況の中で宰相が辞意を表した夜に、まさに月食が重なったのである。
古代エジプト、ギリシャ、ローマの哲人たちは、天を仰ぎ、宗教的権威に抗して、地球が球体であることを理論的に推し測り、数理をもって裏付けた。中国の学者や日本の陰陽師もまた、月食の到来を予測し、為政者に治世を正す契機を与えてきた。
しかし一方で、今日のアメリカにはなお、聖書の記述を絶対視し、科学を顧みない人々が存在し、その心情を利用する為政者さえ見受けられる。時代は移ろえど、人間の姿勢は変わらぬものなのだろう。
願わくは、私たちが環境とエネルギーの課題に真摯に向き合い、澄み渡る天を仰ぎ、天を敬う心を忘れぬことである。その姿勢こそが、未来の地球を救う道標となるに違いない。
以 上