2月1日(第454号)
淺野哲
2025年10月にディレクトフォースに加入させていただきました淺野と申します。自己紹介を兼ねて、40数余年国際協力機構(JICA)という組織で活動してきた途上国の技術支援について、および、現在の趣味や取組みについて、書かせていただきます。

人づくり国造りの仕事
先ずは突拍子もない話題から認めさせていただきます。多くの皆様がご存じであろう【日本の奇跡(軌跡)】という言葉ですが、第二次世界大戦後の日本の経済発展の凄さを指します。
現在の近代重工業のトップ集団に位置する日本の礎になったと思われる北九州・八幡の製鉄業を中心とした工業地帯、首都東京を中心とした人・物資の輸送路である新幹線・高速道路の建設や人の生活に無くてはならない電力をもたらしてくれる黒部ダム開発など、現在の物資豊かな日本を築くもとになる多くの施設・設備ですが、日本人の知恵、努力が生み出したものとも言えます。
ですが、実際には、そうした施設・設備を整備するため、80年前、世界の中の途上国の一つであった日本、独自では成し遂げられません、実際は米国やその他民間NGOの資金協力があってこそ、日本人の知見と海外の資金の両輪によって発展の道を切り開いています。
そうした日本の発展の経緯と逆に、経済発展の恩返しなのか?世界貢献とでも言うのでしょうか?国際的な協力・支援を実施するように変わります。
私自身は、40数余年、国際協力機構(JICA;ジャイカ)という組織で、途上国の技術支援という仕事をしてまいりましたが、残念ながら日本の多くの人に国際協力機構という名称や役目を知っていただいていません。
逆に、多くの人たちには、日本の経済発展と近年の経済不況を差し置いて、海外の国々に資金的・経済的な支援(お金の支援)をしていると思われているかも知れません。
そのこと自身、嘘とか、誤解とかではない面もあるのですが、日本特有の協力事業のタイプがあります、発展途上国の課題解決を通じた国を築くため現地の人たちのノウハウ、知見に資する技術移転を協働しながら、当該国の国そのものを造るという支援活動をしてきました。
事例として、アフリカ大陸の東部海岸線に位置するケニア共和国にて、小規模農家の生計向上に資する潜在力があると思われたナッツの栽培技術を整理し、ケニア国内の農家に普及するための技術開発に、私自身も参画してきました。
地道な品種選定のための比較試験や栽培手法を見出すための試験を反芻する試験・研究と農家への普及作業をケニア農業研究所(KARI)という技術者とともに築いてきました(下図・プロジェクト成果の一部)。

実は、四半世紀前のケニアの農家の多くは、収入も限られ、自分たちの食料すら確保するのも大変、換金作物(当時、コーヒー、紅茶)を作っても大した金額が手に入る訳でなく、農家自身の暮らしを維持するのも大変、その子供に学校に行かせる経済的な余裕もない、そんな状況でした。
そうした生計の課題解決に資するという思いで推進した協力プロジェクトの1つでした。
ただ、その道半ばには、国内外から協力プロジェクトの在り方に対する疑問や反論もあり、インセンティブを維持することも容易くありませんでした。
プライベートでの力(元気)の素
前述のような仕事の場とは別の私生活では、自身の趣味と言いますか、プロバスケットボールにのめり込んでいきました。
タブセユウタ・ワタナベユウタ・ハチムラルイなど、多くの方に名を知られるアメリカンドリームを成し遂げたNBAバスケ選手たちです。
タブセ選手が良く言っている言葉に、自身が他人以上の練習を積み、『前に進む』、『自ら動いてみる』その結果、NBAの選手として認められ、外の人たちからアシストしてくれるように変わっていった、決して「何か待っていて、自分の目の前に夢が訪れる訳ではない」と自身の選手生涯を語る彼の言葉に力を感じます。
彼らNBA進出者だけではなく、多くのバスケ選手の熱きゲームへの取り組み、ゲーム時には見えない努力と苦労に、観戦を通じ勇気と元気をいただいています。
若者への恩返し
上記のような仕事を続ける中、私自身、若い世代との接点(総合的な学習の時間)が出現します、世界には様々な環境で生活する人たちがいて、相互に関わりあって世界が動いている、そうしたことを若者たちに伝え、自分たちが何をすべきか、考える機会(外部講師としての講話等)を仕事の一部として経験し、十数年もの間JICA現役時代から退職後も続けてきました。
その際の自身の思いでディレクトフォースに加入し、授業支援の会でも継続出来ると想像し、加入させていただきました。
どこまで貢献出来るか、わかりませんが、自分の満足ではなく、一人でも多くの生徒さんたちのハートに響く言葉を投げかけられれば、そんな思いです。
生徒たちが自分で考え、自分たちで何か動く、何か工夫するといった能動的な考えを抱き、自身の可能性に気づき(キズキ)、自身の人生の築き(キズキ)に結び付けられるようなお手伝い役(アシスト)を担えればと考えています。

最後に、まったく脈絡のない文章の羅列になっている点、ご容赦いただければ幸いです。
あさのさとし(1550)
(元・JICA(国際協力機構))
(つくば市・シニアエキスパート)