ハーモニープロジェクト第12弾として、能狂言同好会との共催により、靖国神社内の能楽堂で開催された「夜桜能」に、DF会員と家族14組19名が鑑賞しました。
靖国神社の境内に静かに佇む能楽堂は、東京都内最古の木造能舞台といわれています。明治14年、岩倉具視の呼びかけにより芝公園に建設された舞台が、明治36年に移築・奉納されたもので、長い歴史を今に伝えています。
「夜桜能」は、この由緒ある舞台で桜とともに能を楽しんでもらおうと平成4年に始まり、今年で33回目。ただし桜は自然のもの。満開や晴天に恵まれるとは限らず、天候によっては屋内での上演も想定されていました。開催日までは天気予報が気になる日々でしたが、当日は開演3時間前に野外開催が決定。気温は低く、時折冷たい風が吹く中での上演となりました。それでも境内では、参拝や桜の撮影を楽しむ方の姿も多く、それぞれに春のひとときを過ごしていました。

第二夜、4月7日(火)の演目は、
火入れ式
仕舞「難波」(なにわ)田崎隆三
仕舞「松風」(まつかぜ)大坪喜美雄
狂言「二人大名」(ふたりだいみょう)野村萬斎
能「国栖」(くず)宝生和英(宝生流 第20代宗家)

幕開けは、夕闇に灯る「火入れ」から。篝火のあかりに照らされた舞台を見ていると、日常から少しずつ離れていく感覚を覚えました。
仕舞は、能の見どころを抜き出して舞う短い演目です。
「難波」では、都を離れた人の思いが静かな動きの中に表れ、ゆったりとした時間が流れます。「松風」は、ひとりの男性を想い続ける姉妹の物語の一節で、切なさと美しさが印象に残りました。セリフがすべて理解できなくても、動きや雰囲気から感情が伝わってくるのが、能の魅力のひとつだと感じました。時折、強風に桜吹雪が舞い、自然そのものが舞台の一部になっているように感じられたのも、野外ならではの趣と言えるでしょう。
狂言「二人大名」では場の空気が一転し、思わず笑みがこぼれます。二人の大名が通りがかりの男(野村萬斎)に振り回されるやり取りはわかりやすく、初心者の筆者でも楽しめる内容でした。会場に自然と笑いが広がり、寒さもやわらぐひとときとなりました。
最後の能「国栖」は、大和を舞台にした格調高い演目です。ゆったりとした謡や舞、装束の美しさに、次第にその世界へ引き込まれていきます。後半の「白頭」では、白髪の翁の姿で舞う場面があり、長寿や平安を願う気持ちが込められていると、後で解説を見て知りました。冷たい風の中での観賞となりましたが、その分、舞台への集中が高まった気もします。
演目が終了後、演者や地謡が、それぞれ揚幕や切戸口に去るのを観客は静かに見守ります。舞台に誰もいなくなったあと、しばしの静寂ののち、ようやく起こる拍手。この「間」も、能舞台ならではの体験でした。
夜桜能は、能に親しんだ方だけでなく、桜の恒例行事として訪れる方が多いのもうなずけます。
灯りに浮かぶ桜と、静かに進む舞台。伝統芸能と自然がひとつになるこの時間は、能の魅力にふれる良い機会となりました。
寒い中、ご参加いただいた皆様にも感謝申し上げます。
今後もハーモニープロジェクトでは、心に残る体験をお届けしてまいります。引き続きご期待ください。
以 上(宮武里美)
能狂言同好会メンバーのつぶやき(観賞記)
狂言「二人大名」では、人気狂言師の野村萬斎が、大名よりも下の身分の役で主役を演じていた点が印象に残りました。どこか下剋上の世相を思わせる構図で、現代にも通じる面白さを感じさせます。
一方、能「国栖(くず)」は、吉野山中に住む老夫婦のもとに、やがて高貴な方――浄御原(みよみがはら)の皇子(のちの天武天皇)が訪れることを予見するところから始まります。老夫婦は、吉野川に放った鮎が力強く泳ぐ様子を吉兆として捉え、皇子が追手を逃れて無事に都へ戻り、壬申の乱を制して天武天皇となる未来を寿ぎます。
特に印象的だったのは、老翁が追手と対峙する場面です。能としては珍しく迫力に満ちた表現で、強い緊張感が漂いました。また、演技の途中で狂言師が加わる演出も、能の曲目としては大変珍しく、見応えのあるものでした。
こうした歴史的背景――中央集権体制を築いて現代に通じる日本の国体を築いた天武天皇の存在――を踏まえると、この重厚な演目が靖国神社で上演されたことにも、何らかの意味が込められているのではないかと感じます(あくまで個人の見解ですが)。
さらに思い起こされるのが、豊臣秀吉による吉野山での花見の宴です。秀吉は大名や公家を招き、数日にわたる盛大な宴を催した末、最終日に新作能「吉野詣(よしのもうで)」を上演しました。この作品を金春流の金春安照に作らせ、子役を秀吉に見立て、自ら金峰山寺の蔵王権現を演じたのです。(この演目は、後世に残っていません)
その筋立ては、「国栖」において浄御原の皇子(大海人皇子のちの天武天皇)を蔵王権現が崇める構図と重なります。徳川家康や前田利家、伊達政宗、宇喜多秀家らの前でこの能を演じたことは、秀吉自身が天下人であることを強く印象づける演出でもありました。能を政治的・象徴的に活用した、秀吉ならではの巧みな演出と言えるでしょう。(小林慎一郎)