6月16日(第463号)
鈴木謙一
先般北京で行われた米中首脳会談において、中国の習近平国家主席がトランプ米大統領に対して行った「中国と米国は『トゥキディデスの罠』を克服し、大国関係の新たなパラダイムを構築出来るだろうか」との発言が注目された。
「トゥキディデスの罠」とは、ご存じの通り、既存の覇権国に新興国が挑む覇権争いを意味し、古代ギリシャの歴史家、トゥキディデスが著書「戦史」において、アテネ(デロス同盟)がスパルタ(ペロポネソス同盟)に挑んだペロポネソス戦争(BC431~BC404)の要因を分析したものを、国際政治学者であるハーバード大学のグレアム・アリソン名誉教授が引用し、発表した造語である。

アリソン氏は、近代史の上で16回の覇権国に対する新興国の挑戦があり、うち12回が戦争に発展したと考察し、平和裏に解決された事例としては、「ポルトガルVSスペイン」等、4例のみであり、歴史上、如何に外交的解決が困難であるかを示した。

第二次大戦後の米ソによる覇権争い(東西冷戦)に於いては、1962年のキューバ危機で一触即発の事態となったが、核戦争になれば、共倒れするという「相互確証破壊(MAD)」による抑止力が働いて最悪の事態を回避したことが知られている。
MADとは、Mutually Assured Destructionの略で、例えば中国が米国に先制核攻撃を仕掛けた場合、米国は破壊を免れた残存核戦力によって中国に報復核攻撃し、中国も致命的なダメージを受けることになり、先制核攻撃を自制するという抑止論である。然しその為には大量の核兵器を保有する必要があり、現在世界で12,000発を超える核弾頭の9割以上が米露中で保有されている所以である。但し、狂った(MAD)独裁者が自滅を覚悟で核兵器を使用するリスクはMADでは回避出来ない。核兵器は廃絶すべきなのである。
現代の米中経済戦争も制裁と報復の悪循環を招くという意味に於いてMADに類似する関係にあると言えよう。
国際政治学者の藤原帰一氏は今回の米中首脳会談を評して「現代世界において、米国を中心とする覇権秩序の終わりを示した」と述べている(朝日「時事小言」)。氏によれば、習近平は「トゥキディデスの罠」に言及することで、「戦争を避けたいのであれば、米国は中国の力を認めるほかに選択肢はない」とトランプに指摘し、トランプは異論を唱えなかった。孫子の兵法通り、新興国中国は戦わずして凋落する覇権国、米国に勝ったとも言える。トランプがそこまで深く理解した上で反論しなかったのかは甚だ疑問ではあるが、米国を中心とする覇権秩序から、米中の二極を軸とする国際秩序に変化しつつあることを認めざるを得ない。
氏は「米国の国際的覇権に頼り、中国に対する軍事的抑止力の先頭に立ってきた日本にとって、米中協力を基軸とする国際秩序の登場は地政学的な危機であるが、日本政府がその危機を認識しているとは思えない。」と結んでいる。我が政府がそこまで能天気とは思いたくないが。
習近平はトランプを呼びつけた僅か数日後にプーチンを招き、中露首脳会談を行った。中間選挙を控えて焦るトランプと、泥沼のウクライナ戦争に苦しむプーチンを引き立て役として利用し、中国の存在感を内外に誇示した習近平の意図は明白であろう。一見平穏に終わったかに見えた米中首脳会談であるが、その直後に習近平がプーチン露大統領と共に正義面をして米国の覇権主義(力による平和)を非難した厚顔無恥振りには呆れた。ウクライナ侵略戦争を続けるプーチンと彼を支持する習近平にそれを言う資格は無いのは自明だが、無用なイラン戦争を始めて中露に一本取られたトランプの罪は万死に値する。
以 上
(すずき けんいち)
(映愛会、盤讃会、歴史研究同好会、OVER80研究会安全保障問題分科会)
(元伊藤忠商事)