8月16日(第467号)
山崎哲也
小生が育った山口県防府市の旧宅(すでに解体されて跡形もない)の表には、水田が広がり、その向こうには山陽本線が走っていました。幼稚園、小学校に通うには、その線路を横断せざるを得ませんでした。
幼稚園、小学校低学年の頃にはまだ、蒸気機関車全盛で、煙を吐き、煙の下では、煤塵が降ることをよく覚えております。
その線路を、いつの頃からか、左手の防府駅方面から、右手の小郡機関区に向けて、バックで、全力疾走する蒸気機関車をいつも夕方眺めてました。

これは、防府駅で、貨物列車の入れ替え作業をするために小郡機関区から蒸気機関車がやってきて、夕方にはお役御免で、戻っていったのですが、防府駅には転車台がないので、バックで戻らざるを得なかったようです。
入れ替え作業のため、母校の防府高校に向かう踏切は夕方には開かずの踏切で、山口県宇部市で育ち、中学・高校時分はバレーボールの部活をしていた家内も、時々試合で防府高校に来ていたようですが、まったく困ったと言ってました。
実は、これがC5816号機だと、「鉄ヲタ」の高校同期生が教えてくれました。
教えてくれたきっかけは、6月にNHKのEテレで、高校の先輩で芥川賞作家(現選者)となっている高樹のぶ子先生(実は故伊集院静先生も先輩です。)の「マイマイ新子」をアニメ映画化した「マイマイ新子と千年の魔法」を放送したことです。

何気に見ていたところ、防府には臨海部に鐘紡(現在はない)と協和発酵(現協和発酵バイオ㈱山口事業所)の二大工場があり、そこに向けて引き込み線が走っていましたが、その引き込み線にはディーゼル機関車が走っていたと映画の描写がありましたので、「異議あり」と声をあげたところ、同期が「引き込み線」は日本通運が運営し、ディーゼル機関車を使っていたのだと教えてくれました。
実は、この引き込み線は、亡き母の実家(高架化事業で解体された)のそばを走っていたのですが、まったく知りませんでした。
この同期は、ついでに以下のことも教えてくれました。
C5816号機が、昭和48年頃まで使用されていたが、ディーゼル機関車にとって代わられ、本体は会津機関区に転属になり、その後志津川町(現南三陸町)で静態保存されていましたが、2011年の東日本大震災の津波にあい、約100tの巨体が50m流されてがれきに埋もれ、そのまま解体されたことも知りました。(C5816号機で検索すると出てきます。)
いろいろと知らない事実もあるものと思いましたが、全力疾走していた蒸気機関車のありし日々を思い出しつつ、その最後を知ることができて非常に複雑な気分でした。


以 上
やまさき てつや(1407)
(技術部会、理科実験グループ)
(元 宇部興産)