山崎雅史さんから中国自動車産業に関する1946年頃の黎明期から導入期、成長期、変革期の現在に至る推移を俯瞰した緻密なレポートを頂きました。
計画経済時代から市場経済への移行、そして現代の電気自動車(EV)強国への変革期に焦点を当てています。国有企業と外資系企業の合弁事業、吉利やBYDといった民営企業の台頭、そしてテスラの参入がもたらした技術革新と競争の激化について時系列で解説しています。また、政府の強力な政策支援やIT技術の統合が産業成長を牽引した一方で、過当競争やブランド力強化といった課題も指摘しています。
以下に山﨑さんの紹介文とPDF資料、動画を掲載します。
中国での自動車生産が年間100万台の大台に乗ったのが1992年です。そこで日本が年間100万台の生産を達成した年を調べてみました。それは1961年、昭和36年でした。この年には日本ではトヨタから「パブリカ」が発売され、日野からは「コンテッサ」、いすゞからは「ベレル」と懐かしい名前が出てきます。1992年の時点で中国の自動車産業は日本から遅れること約30年だったのが、昨年は中国での自動車生産は3128万台、世界生産の約35%を占めています。この30年のギャップが1992年から2024年の32年間に埋まるどころか中国が先行する状態になったのはなぜだろうと思い、今回、中国自動車産業史をまとめてみました。
自動車産業の黎明期、導入期、成長期、変革期と分けてみていくと、政府による明確な方向付けと法的・資金的援助、外資との合弁からの学び、模倣から始まった民営企業の進化とイノベーション、テスラの中国進出からの学び、そしてITなど異業種の参入による斬新なアイデアの実践などが浮かび上がります。そしてそれらの背後には消費者も含めた、人々の強い好奇心とエネルギーが渦巻いているのを感じます。今、中国の自動車産業はバッテリー技術、ICT技術、AI 、レアメタルというように技術と資源に恵まれ、世界に類のない優位性を持った産業になっています。このとてつもない巨人になった中国の自動車産業と今後どう付き合っていくのか、ガチンコの競争ではなく協調も視野に入れた柔軟なアプローチに解があるように思います。(山﨑雅史)
今回、山﨑さんは、1946年以降の中国自動車産業の歴史を精力的にまとめており、大変勉強になる資料です。
以 上(小林慎一郎)

