シンガポールで食べた“日本米”

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10月1日(No446)
宮田 顯

最近の日本におけるコメ不足やコメ価格の高騰といった報道を目にし、ふと、1980年代に家族と共に住んでいたシンガポールでの暮らしを思い出しました。

この国は赤道直下、昔は瘴癘の地と言われました。照りつける日差しは強いし、湿度も高く、日本とはまるで違う気候です。しかし、ジャングルを伐採して建てられた緑あふれる住宅地、その中のアパートの10階に住んでいた私たちは、意外にも快適な毎日をおくっていました。海からの風が部屋の中を通り抜け、暑さを和らげてくれたからです。

我が家は幸い、家族全員が新しい環境にうまく順応できました。シンガポールでは中華料理やマレー料理、インド料理、さらにはタイ料理やベトナム料理といった色々なアジア料理が安価で気軽に楽しめます。外食が主流のこの国において、妻も子どもも好き嫌いがなく、外の店での食事が家計にとって大きな助けとなりました。あの頃の影響もあって、レトルト食品のアジア各国のカレーは、今では、我が家の常備品となっています。

もちろん、日本料理店もシンガポールにはあります。しかし、当時、それらの多くは企業の接待や、駐在員たちの夜の飲み会の場として使われており、家族連れにはやや敷居が高いものでした。そのため、我が家では日本料理はもっぱら家で作っていました。
肉や野菜は現地でも十分に手に入りましたが、問題は米です。日本からの輸入米は高価で、デパートや一部の高級スーパーでしか見かけず、流通量も限られていたためか、日常的に購入するにはちょっと躊躇う品物でした。

そんな折に見つけたのが、オーストラリア産の「カンガルー米」です。袋にカンガルーのイラストが描かれており、日本のジャポニカ米に似た品種で、甘味も粘りもある優れものです。カッコつきですが、まさしく“日本米”の味でした。ひょっとしたら、あの国では気候の関係もあり、冷めたご飯を食べるという生活習慣がなかったことも「美味しかった!」という思い出になっているのかもしれません。

1980年代半ば、「カンガルー米」は5キロあたり8~10シンガポールドル程度と、日本米に比べて非常に手頃な価格でした(当時のレートで約800~1,000円程度)。それに対して日本米は同じ量で20ドル以上した記憶があります。

現在では Premium Kangaroo 米や Tamaki Gold(田牧さんという日本人がカリフォルニアで生産されています)などの高品質のジャポニカ米が、5キロで15~50シンガポールドル程度、つまり日本円で1,500~5,000円前後で販売されているようです。皮肉なことに、日本の業者が輸出している日本産コシヒカリも4000円程度です。場合によっては日本より安いこともあるようです。

最近のカンガルー米の包装
…シンガポールのスーパーマーケ ットのHPより

ところで、シンガポールは国土が狭く、気候や地形等の関係からコメを一切生産していません。完全に輸入に依存しているにもかかわらず、建国以来、コメ不足やコメ価格の急騰で社会不安が起きたという話は聞いたことがありません。

その背景には、シンガポール政府の周到な政策が存在しているようです。国家として食糧安全保障を非常に重視しており、農業生産ができない分、多国間の通商政策そして備蓄と流通に力を注いできました。
たとえば、輸入元の多様化がその一つです。シンガポールはコメの主な輸入先として、タイ、ベトナム、インド、パキスタン、ミャンマー、さらにはアメリカやオーストラリアといった遠隔地にも目を向けています。タイ米が最も一般的で、年間30万~40万トンが輸入されているとされますが、特定の国に依存しない姿勢を崩していません。どこかの国が輸出を制限しても、他から補える体制があるのです。

また、シンガポール政府は食糧備蓄を国家戦略としています。シンガポール食品庁(Singapore Food Agency, SFA)は、輸入食品業者に対して一定量の備蓄を義務づけており、緊急時には速やかに供給できる体制が整えられています。特に米については、3か月分以上の国家備蓄があるとされ、民間と連携しながら流通在庫も含めて安定供給が確保されています。

そしてもう一つ注目すべきなのは、港湾や空港を中心とした効率的な物流システムと自由貿易政策です。シンガポールは世界有数のハブ港を持ち、通関手続きの簡素化、冷蔵・冷凍物流の整備、ICTを活用した在庫管理により、食品の滞留や劣化を最小限に抑えています。

市場経済を基本としつつ、国家が重要な部分に対して厳格な統制を敷いています。社会主義的な色合いを帯びながらも、共産主義とは一線を画すシンガポールのやり方は、民族・宗教・言語の多様性を受容するという深刻な課題を抱えた国家として生き抜くための現実的な選択といえるでしょう。もっとも、これが人間の叡智にどのような影響をおよぼすのかは“将来の歴史の判断”にゆだねることになるでしょうが・・・

8月9日、シンガポールは独立記念日を迎えます。1965年にマレーシアから独立することを余儀なくされながらも、人種暴動の危機を克服し、わずか60年足らずで世界有数の経済都市に変貌したこの国。国土も資源もない中で、いかにして生きるか。その問いに対する一つの答えが、コメという日々の糧における備え方にあるのではないかと、あらためて思うのです。
いま日本が直面しているコメ不足の課題もまた、日本米の食文化と国内生産だけに依存することの限界を示しているのかもしれません。シンガポールの例に学ぶことで、我々はより柔軟で多角的な食糧戦略を描くことができるのではないでしょうか。

以 上


みやた あきら(1344)
(東アジア放談会)
(元富士銀行)

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