2025年11月16日(第449号)
関根 千佳
シニアは軽度重複障害者
歳を重ねると、誰しも移動や情報受発信に困難を抱える。DFの皆さんも例外ではないだろう。私も次第に階段の多い温泉宿がつらくなり、騒がしい居酒屋での会話が聞き取りにくくなり、日経夕刊が夜は読めなくなってきた。人の名前は全く覚えられない。スケジュール管理ソフトや Google Map がないと生きてゆけない。好むと好まざるとにかかわらず、シニアとは、見えにくい聞こえにくい動きにくい、いわゆる軽度重複障害者なのである。

だがもし私が欧米で歳をとれば、どこでも好きな宿や店へ行けるし、情報端末も使えるだろう。ユニバーサルデザイン(UD)が、社会の前提になっているからだ。アクセシブル(使える)か、ユーザブル(使いやすい)かは、まちづくりやものづくり、DXの基本概念である。
アメリカのアクセシビリティ政策
トランプの反DEI政策で多少地味にはなったものの、アメリカのアクセシビリティは今も進んでいる。大統領選を左右すると言われる退職者協会や退役軍人など、巨大なシニア団体が後押ししている。そもそも反DEIの大統領令は、人種や国籍が攻撃対象だ。年齢や性別、障害による差別は1960年代から続くさまざまな法律によって禁止されており、大統領令より強い。特に障害に関しては1990年のADA(Americans with Disability Act)で明確に規定されている。違反は提訴され、罰金は数億に上ることもある。だからアメリカでは、どんなカフェやホテルも車いすで入れるのが当たり前だ(違反建築は営業許可が下りず、設計士は免許剥奪の上、罰金を取られる)。テレビや映画の字幕は義務化されている(シニアが一番助かっている)。マックのオーダー端末だってアクセシブルだ(日本の回転寿司やコンビニのタッチパネルはシニアに使いやすいだろうか)。
SDGsでは常識だが、環境に良くないものを作るのが罪なように、人間に良くないものを作ることも罪なのである。これを理解しておらず、泣く泣く北米市場から撤退した日本企業も多い。
EUにはさらに厳しい法律が
この概念はEUでも広く浸透している。特に産業界では、2025年6月に施行されたEAA(European Accessibility Act)で産業界には激震が走っている。これは、EUで研究開発・販売・輸出入されるすべての機器やソフト、サービスはアクセシブルでなくてはならず、違反すると高額な罰金が科され、改善命令に従わない企業は事業撤退という厳しいものである。PCやスマホなどの情報端末、ATM、券売機、セルフレジ、空港や図書館などの情報キオスク、電子書籍などのコンテンツ、Webサービスなど、あらゆるICTとそのサービスが対象である。今では住宅や公共建築、車なども情報端末と化しているので、今後はあらゆる産業に影響が出てくる。すでに韓国や中国はこの動きを察知し、世界市場向けはUDを前提とするよう、動き出している。
日本の状況
日本でもTOTOやSONYのように、世界の情勢を見据えて、UD以外の製品は作らないとトップが宣言する企業も出てきているが、まだ少数だ。そもそも日本は、この分野の意識が世界標準から30年以上遅れている。企業のダイバーシティ研修は、まだ世界118位の女性が中心である。加齢に伴いわれわれシニアはどこかに必ず支障が出てくるが、就労継続は難しくなる。UD義務化は公共交通も建築も大規模なものだけが対象で、一般オフィスは全く対象外だ。職場には、障害を持って働くロールモデルとなる先輩がいない。均等法以前に子どもを持って働く先輩女性のロールモデルがいなかった時代と同じだ。だから日本人は、昨日までバリバリ働いていた人も、加齢や病気等で障害を持ったら、明日から働けなくなる。通勤もオフィスもUDでなく、職場のIT環境もアクセシブルではない。日本は世界一の高齢国家でありながら、ADAやEAAのようなUDを前提とするという法律が存在しない。雇用や差別解消法は意識の向上が主目的であり、違反した場合の罰則はかなり薄いのが現状である。
シニアが輝き続ける社会のために
2022年、障害者権利条約の批准審査で日本は国連に状況を報告したが、世界のレベルからすると、大変な後進国に見えたのだろう。最後の総括所見で意見された。
「日本の政府や企業のアーキテクト、デザイナー、エンジニア、プログラマーは、もっと、アクセシビリティとUDを勉強し、実行してください」
2028年までに日本は進捗を報告する義務があるのだが、果たして進むのだろうか?われわれシニアは加齢とともに何らかの障害を持つ。それは避けられない。だが、WHOの障害の定義が医学モデルから環境モデルに変わったように、環境が変われば、私たちは問題なく仕事が続けられるはずだ。もし公共交通やオフィスや店舗がすべてUDなら、移動の困難はなくなる。もし情報端末やWebサイト、携帯アプリ、コンテンツが全てUDなら、情報受発信は難しくない。これから必ず障害を持つわれわれシニアこそ、世の中をもっとUDに、ちゃんと使えるものに、と言い続ける義務がある。シニアが輝き続けるロールモデルになるためにも、まずは社会参加できるUDな環境を自ら作り出していこう。DFの皆さんに期待する。






白杖ユーザー多数
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以 上
せきね ちか(1488)
(ユーディット会長兼シニアフェロー、元IBM)