1月1日(第452号)
古市健治
現役時代の海外出張がなくなって、退職後はプライベートの海外旅行を毎年二三回程度続けていた。特に娘夫婦がいたドイツをしばしば訪れて周辺国を含めて旅行していた。2019年にバルト三国を巡った後、あの忌まわしいコロナ禍がやって来てステイホームと言われストレスを抱えながら、これが治まったら次は何処に行こうかと考えていた。コロナ禍は予想以上に長期化してその分行きたい所が増えていった。思い切って全部まとめて行こうかと家内に話したところ、無理のない範囲でね、と言われた。2023年ようやくコロナ禍も終息の兆しを見せたので旅行の計画を開始した。行きたい所がたくさんあったので旅程を作るのにたいそう苦労したが、最終的に round ticket を利用して世界一周することを決心したのだった。

旅行を始めて
ようやく固まった旅程は2024年3月6日成田発‐オークランドシドニー‐シンガポール(part-1)、一旦帰国した後、バンコク‐ロンドン‐ブリュッセル‐デュッセルドルフ‐パリ‐シュツットガルト‐チューリッヒ‐トロント‐シカゴ‐5月24日成田着(part-2)。以上48日間の旅。


帰国後、12ヵ国を廻ってどこが良かったかとよく聞かれたが、初めてのNZ、カナダはもちろん興味深かったし、駐在していたシンガポール、デュッセルドルフでは当時住んでいた家を訪れて感慨深いものがあった。また過去に行った所も仕事が主だったのであまり観光したことがなかったが、今回は徹底的に観光したので新しい発見が多々あった。12か国全てを説明するのは読み手も書き手もたいへんなので抜粋していくつかご紹介する。
シンガポール 7年駐在した懐かしい街。その頃、工事が始まったMRT(都市高速鉄道)は40年経って島の隅々を網羅しており、路線図を見て思わず絶句。MRT工事向けの建設用鋼材の取扱いが当時の主業務だったので今回はMRTに乗りながら感慨に浸った次第。

ロンドン part-2のスタートはバンコク経由ロンドン。欧州内は鉄道 ユーロスター、タリス、独ICE、スイス国鉄を使って移動した。ドイツ駐在時にロンドンには毎月会議で出かけていたが、当時は空港‐事務所‐ホテルの移動と味気ないものだったので今回はしっかり観光しようと予めYouTubeで研究した。テムズ川の水上バス(今は Uber boat)と地下鉄・バスを駆使してテムズ川沿いを散策、グリニッジ天文台で子午線を跨いで記念写真を撮る計画も無事達成した。郊外の Cotswold、Oxford では古き良き英国を感じることができた。


子午線を跨いで
デュッセルドルフ かつての駐在地、レンタカーで久々にアウトバーンを運転したが、雨天で時速190キロ止まりにしたのがちょっと悔しかった。5月はアスパラガスの旬、旧市街で白ワインを飲みながら季節の味を楽しむ至福の時であった。

パリ 五輪の3ヵ月前で街なかには警官が多数、スリの名所北駅では自動小銃を持った警官の威圧感が凄く、怖さ半分安心半分といった気配。16区の Passy にホテルを定め、住宅街を散策、スーパーで買い物、ブローニュの森を散歩、美術館を巡り、カフェでワインを飲んでのんびり、あたかも住人になったような気分に浸る。

round ticket
世界一周旅行のきっかけになった round ticket は one world と star alliance (以下スタアラ)の2グループがあり、今回の旅程に便利な後者を選択して準備を始めた。航空券を買うのは旅行代理店、航空会社が通常だが、時間の余裕があったので、スタアラのHPで作業した。旅程を組み、支払いもネット決済で完結できる。日程変更はスタアラの本部(独ルフトハンザ)にメールすると必ず24時間以内に返事が来る。そもそもコスパの良い ticket であり、上位クラスになるとさらに良くなる。今回はファーストクラスにしてそのメリットは想像以上であった。紙面の都合で詳しく説明できないが、機会があればまた後日ご紹介したい。

最後に
世界一周には以前から漠然とした憧れがありround ticket のことを聞いてこれなら実現できるかもしれないと感じたのが発端。ただし、その頃は親の介護の事情で長期の旅行は無理、さらにコロナ禍で長いことペンディングだったがその後、親を看取り、時間の余裕ができたので、行くのだったら体力のある今のうちと決断して実行した。突然のフライトキャンセル、バゲージロスト等々小さなトラブルもあったが、振返れば印象深い良い旅であったと感じている。
人生これからどうなるか分からない、やりたいことはやれる時にやる、今回はこれを改めて痛感した旅であった。
以 上
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ふるいち けんじ(1487)
(元 伊藤忠丸紅鉄鋼)
(観光立国研究会)