4月1日(第458号)
菅原信夫
昨年、長春・満映撮影所跡博物館訪問を中心とした中国での日本映画人の活動を報告しましたが、本年2月春節見学がてら北京を訪問し、中国電影博物館で情報を得ましたので、日中映画史続編として旅行記を寄稿いたします。


旅行を振り返って
今年の中国旧正月(春節)は、中国政府による日本観光ボイコット指令から始まった。 日本政府速報値によると、今年1月の中国からの入国者は385,000人で昨年同月の60%減とされている。この状態が春節終了(2月17日~3月3日)まで続くと予想される。
この時期に北京訪問を企画したのは、私の中国語教師が一時帰国をするので同行できるという理由以外に、空港、ホテルをはじめとした観光施設が空いているという期待があったからだ。
事実、北京首都空港はまさにガラガラ、この様子には息を飲んだ。
空港から一路市内のホテルへ。今回利用したのは北京新世紀飯店。日本人訪中者がピークを迎えた2010年頃にはJALホテルズの一つとして日航飯店なる名前で営業していたホテルだ。今回到着した17日は客はまばらだったが、翌18日からは地方からの団体客が大挙到着し大変な混雑状態になった。

左の写真はホテル28階の部屋から北京動物園方面を写したもの。 幹線道路を走る車の数が少ない。大気汚染(PM2.5)が大問題になった北京だが、この日から帰国まで快晴の天気とPM2.5の減った大気のおかげで、滞在は快適であった。
下の写真は北京新世紀飯店の入り口にある春節ディスプレー。2019年、同じ春節の時期、私は上海で宿泊したホテルの巨大ディスプレーの豪華絢爛ぶりに度肝を抜かしたが、今回のホテルではあまりの質素さに驚いてしまった。

中国経済に詳しい知人によると、上述した現象の根本にあるのは中国経済の低迷。今年は記録的な90億回の移動(春運)があると言われる春節だが、実際それほどに感じないのはコストのかかる海外や大都市を観光する地方人口が少ないためとのこと。おかげで大変快適な北京滞在ができたことが最大の収穫だった。
限定的な時間を節約するためもあり、滞在中は車を連日貸切として使用した。このため、渋滞がなかったのは大きなメリットで、非常に効果的に広大な北京市内、市外を駆け巡ることができた。とはいえ、故宮や頤和園などの観光スポットは長蛇の列ができていて、我々が効率のために有名観光スポット訪問を省略したことも良かったかもしれない。
我々のツアーでは、グルメ体験も大きな目的の一つである。
今回の短い滞在では、①湖南料理 ②北京料理 ③B級グルメ(ジャージャー麺、火鍋)④ロシア料理 をそれぞれの分野での有名店で料理を楽しんだ。
今回のベストは①湖南料理。毛沢東をはじめとして中国共産党歴代の指導者を産んだ土地、湖南地方。その料理は距離的にも近い四川料理や広東料理にも似た辛さのきいたしっかりした味の中にも独特の香り(燻製、山椒)があって、口を清めてくれる。 一口で言って品の良さと調理の丁寧さが光る料理であった。

甘さは全くなく、弱い塩味のみで、ロシア料理の「サーラの燻製」とほぼ同じ味。ロシアではウオッカ、中国では白酒のおとも。

中華料理では浙江省の東坡肉が有名だが、これは長崎で食べたロフテーに似て、優雅に多種のスパイスを使用した素晴らしい作品だった。
中国電影博物館を訪ねて

今回の北京訪問最大のテーマは「中国電影博物館」を訪問し、開催中の「中国映画誕生120周年特別展」を見ることでした。
中国電影博物館とは
中国映画誕生100周年(2005年)を記念して、国家広電総局と北京市政府が建設した映画専門の博物館として2007年に開館した。
フロアは4階まであり、1階の映画館、2階の芸術展覧区、3階の企画展フロア、4階の電影技術博覧区に別れている。2階では1905年に撮影された中国初の作品「定軍山」の撮影風景をモックアップで見せるなど、この博物館でしか見れない貴重な資料を展示している。
いや、とにかく巨大な博物館である。敷地面積26ha(東京ドーム 5.6個分)建物面積38,000M2という規模。その建物内部には1階から3階までを突き抜ける巨大360°スクリーンがあって、全天周画像を上映している。訪問した時には春節にまつわる馬が世界を駆け巡る素晴らしい画像だった。
観客は1階フロアに座ってみてもよし、1階から3階まで繋がる螺旋階段の好きな場所で見ることもできる。さらに特筆すべきはフロアにもプロジェクトマッピングのように輪郭のはっきりした映像を投射することができ、観衆は瞬間的に別世界にワープしたような錯覚を体感する。

さらに映画館には6つのスクリーンがあり、その一つには中国最大のIMAX設備が導入されている。その収容人員は1000人とのことで、これも多分世界最大級だろう。
1日ではとてもこの博物館の全てを体験することはできない。北京旅行をされる際にはイチオシ施設である。
電影博物館での発見
昨年のDFレポートでは、1930年代日本が関係する中国の撮影所として①満映長春撮影所(甘粕正彦ー満鉄ー日本陸軍)②中華電影(川喜多長政ー中国民族資本ー日本海軍)の二つに焦点を当てた。
そして、満映の日本人映画技術者たちが日中戦争終結後、長春や他地域の映画撮影所に引き続き勤務し、中国映画の制作に携わったことを報告した。
今回北京では、これらの撮影所や日本人映画技師たちに関するより詳しい情報を知ることができた。
- 日本側資料において知った事実:日中戦争終了後、中国共産党に接収された満映長春撮影所では満映勤務の一部日本人がそのまま残り、後を引き継いだ東北電影製片厰(略称:東影)で重要な仕事に就いたことが、中国側資料でも証明された。
氏名と職務が明確になったことも思いがけない発見であった。


「東影」の設立および創作・制作の過程では専門スタッフが非常に不足していました。
かつて「満映」で勤務していた数十名の日本人スタッフが毅然として「東影」の設立・運営に参加し、創作・制作において重要な貢献を果たしました。
- 日本人技術者名簿に記載されている岸富美子氏は「満映秘史」という本を上梓されている映画編集のプロである。
ただ、中国共産党のもとで働いた日本人技術者の名前を明示することが本人たちにとりマイナスになることもありうるとして、同書には日本人氏名は書かれていない。
私はこの展示で初めてその氏名を知った。 - 上掲の岸は博物館に就いてこんな記述をしている。
「平成17年、中国は国の威信をかけて、世界最大規模の映画博物館「中国電影博物館」を北京市郊外に開館、館内の一角には旧満映の日本人技術者の業績を称えるコーナーが設けられた。技術指導を受けた中国の映画人たちが、旧満映の日本人社員たちの貢献を顕彰するべきだと強く訴えて設置が実現したという。岸がこのオープニングに招かれ、(岸が)東影作品「白毛女」の真の編集者であると博物館館長から中国メディア、映画人に紹介された。」 - 旧満映社員は中国側の撮影所で8-10年もの期間勤務をして、その後日本に帰国している。その後も頻繁に中国訪問を行い、時には周恩来を表敬できる立場で中国と日本を繋いだという。
日本のマスコミではほとんど報道されない日中関係の深部での出来事である。 - 岸ら日本人旧満映社員が新東影で制作した映画は、主に中国共産党のPR映画と言われている。このため、帰国後も岸は自分の関わった映画についてはほとんど無言を貫いた。
作品にはエンドロールに編集者として岸の名前が登場するが、安芙美という中国名のため、これが岸であることが判明するのはかなり後年のことであった。

日中関係の雪解けと共に1960年代には映画人による日中交流が再開されたことがパネルに貼られ
た写真からわかる。
映画鑑賞「惊蛰无声」ー2026年中国制作、チャン・イーモウ監督作品

今回の北京訪問の目玉の一つは中国映画鑑賞であった。 2026年春節に合わせて公開されている新作映画は6本だが、私は世界的に有名なチャン・イーモウ監督がメガホンを握った「惊蛰无声」(英文名:The Silence of the Insects)を博物館1階の映画館で見ることにした。
イーモウ監督の作品とは思えないスパイアクション映画である。中国公安当局と西洋の情報機関が中国が開発した戦闘機技術をめぐって対峙する。情報の漏れを不思議に思った中国側が調査すると公安当局内部に二重スパイがいた、という話で、後半は中国側内部の戦いとなる。
愛国精神が溢れるストーリーはさておき、画像の美しさは特筆ものである。 撮影は深圳でのフル・ロケという説明だが、未来的な建物と風景はこれからの中国都市計画の方向性を示しているようで、画面に見入ってしまう。
さらにそんな超近代的な風景に溶け込む中国の若い俳優たち。ジャックソン・イーとかジュー・イーロンといった有名俳優を私は最近の中国映画で何度か観ているが、とにかく身のこなし、表情共に垢抜けていて西側俳優と変わらない。
ちなみに入場料は50元(1100円)、日本よりちょっと安い程度でほぼ同じと考えて良いだろう。

ただ、シートの座りごごちは日本のシネコンで最近増えているプレミアシートと言われるソファータイプの座席で背もたれも分厚くゆったりしていて、リクライニングするため座席前後の間隔はかなり広い。中国での映画鑑賞は中国人民の大事なリラクゼーションになっていると見た。
だからであろうか、本年春節まで2ヶ月間の中国映画産業興収は80億元(1760億円)で、日本の2025年度年間興収2700億円と比較すると、中国映画産業の規模の大きさがわかる。
中国旅行全般について
昨年5月のハルビン・長春に続き2年連続で中国の都市を見た。その少ない経験で中国旅行を論ずるのは大変な暴挙と言わねばならないが、昨今日本人の中国訪問が躊躇されるケースもあるので、私の小さな体験をお伝えして、判断の一助にしていただきたい。
宿泊・交通手段とガイド
我々の年齢になると、海外旅行は身体・精神に大きな負荷をかける活動である。費用はかかるが、五星クラスのホテル利用は絶対条件だろう。ホテルでは設備の故障からミネラル水の追加など細々した依頼事項が必ず出てくる。
そして一番の心配は体調の異常だ。 5星クラスならフロント、コンシェルジュ、ルームサービスなど主要な職務に就くスタッフは大体英語ができるので、意思疎通に問題はない。また、ホテル内には有名レストランがテナントとして入っているので、ガイドのいない時には安全にレベルの高い食事ができる。
次にタクシーの利用だが、大都市ではタクシーアプリが普及していて指定場所に短時間で来てくれる。ただ、このタクシーアプリを利用するには中国語ができることが条件で、日本人観光客にはハードルが高い。同行しているガイドに頼むか、食事をした店に頼んで呼んでもらうのが一番現実的だろう。
個人旅行の成否はガイドにある。日本語ガイドは事前に日本の旅行社から予約してもらうのが一番確実。国家ガイド資格を持つガイドは、それなりの知識を持ち、また所属している会社もしっかりしているのでトラブルに見舞われても対処ができる。 特に昨今の安全への不安を考えると、個人旅行ではしっかりしたルートでガイドを依頼することが大事である。
通貨、モバイル決済
中国情報の中には、中国では貨幣が使用されていないような記述を見かけるが、旅行者にとり一番使いやすい支払い方法は現金である。モバイル決済を主として使う場合でも、電波が届かないとかお店の端末が受け付けない、などトラブルがあるので、補助的支払い方法として現金を持っておくことは大事。 私は旅行出発前にPRESTIAのGlobal Pass(クレジットカード)に中国のPayPayに当たるAlipayを紐付け、買い物をAlipayで支払うと即座にGlobal Pass口座から引き落とされる方法を選んだ。外国人が利用するレストランや店舗などではAlipayが必ず使えるので、大変便利。また、地下鉄もAlipayを登録することで毎回切符を買わずにスマホで乗車することができる。
通信
ホテルのWifi含め、中国側で提供される通信方法ではインターネット接続が難しい。従い、出発前に購入したE-SIMをインストールし、現地到着後アクティベートし使用する。私はAiraloを使用しているが、たくさんのプロバイダーがある。3日間の契約でも数千円と、費用も安い。
安全
ビザなし渡航ではあるが、当局は我々の訪問データを旅行会社から必要に応じて得ているだろうと思っていたので入国手続きでは質問もなく、呆気ないほどに簡単に入国できたのに不思議はなかった。
また、北朝鮮ではないが、ガイドはお目付け役でもあると覚悟していたが、事前に彼の名前と電話番号が送られてきた時はちょっと驚いた。
北京のレストランや博物館では中国人の人たちに声をかけられることも多かったが、皆笑顔で話しかけてきた。中にはNTTデータに8年勤務して帰国したという人もいて、日本語での会話ができた。中国の街は日本人を認識しているほど空いてはいないし、人々は暇ではなかった。
あとがき
DFには大陸生まれの会員もおられるくらい、過去日本と中国の距離は物理的にも心理的にも近かった。 そう考えると、現在ほど日中間に距離のある時代はないのではないか。
日中戦争終戦後も中国に残り、中国映画発展に尽くした日本人を今回の中国電影博物館で偲ぶことができたが、隣接する中国鉄道博物館では、やはり終戦後中国に残り、鉄道の維持に努めた千人単位の日本人ー主に満鉄勤務者ーがいたことも知った。ともに中国政府がそれら日本人を顕彰しているので明確な形で知ることができた。
一方、日中交流における中国の日本への貢献が今忘れ去られているように見えて仕方がない。最大の貢献者は満州残留孤児問題での養父母だろう。かつて「大地の子」という山崎豊子の小説をNHKがドラマ化し1995年に放映したことがあったが、以来満州に興味を持つことになった私は、日本の貢献とともに中国の貢献を忘れてはならないと思い続けている。現在、政治的に日本を中国からいかに切り離すか、という切ない努力が続けられているように見える。
私が書道で臨書する作品は全て中国詩歌である。せめて、漢字を通してだけでも、日中の交流の歴史に関心を持つを一人の日本人でありたいと思っている。
【今後の中国訪問予定】
本年6月に成田ー大連ー瀋陽ー長春ーハルビンー成田という5日間コースをDFUとSRC(湘南地区を本拠地とする極東研究グループ)共催で企画中。
3月中に募集を開始するので、関心をお持ちの方は菅原まで連絡ください。
(すがはらのぶお)
(元伊藤忠商事)
( DF映画同好会「映愛会」、DF国際研究ユニット「DFU」 )