巨岩と水と森林の自然遺産-その活用と保護 (屋久島)
屋久島といえば、「縄文杉」。 縄文杉への人気のトレッキングに行くには、朝5:00ごろ屋久杉自然館に集まり、バスで標高600mの荒川登山口まで行く。6時ごろから歩き始めるが、なんと2時間半もトロッコ道を歩く。こんな山奥に誰がいつ何のためにこんなトロッコを作ったのか?と疑問に思いながら延々と歩き、トロッコの終点標高920mの大株歩道入口に辿り着く。 屋久島の自然遺産は、この標高レベルにより生態系が変わってくるところが、重要なポイントなので標高の数字を意識しながらのトレッキングとなる。島では樹齢1000年を超えた杉だけを屋久杉と呼ぶらしい。 屋久杉の森林は、標高700mから1500mにあり、標高1300mまで登ってくるとやっと胸高周囲(16.1m)で最長樹齢の(約7000年と言われる)縄文杉に会うことができる。その存在感と自然美に圧倒される。神仏に出会いそうなパワースポットである。
屋久島は、海洋プレートの沈み込み帯に位置し、その付加体である堆積岩に花崗岩が貫入してできた島で、九州最高峰、標高1936mの宮之浦岳を頂点とする巨大な花崗岩の岩のかたまりのようなもの。 宮之浦岳周辺の山を屋久島の人々は奥岳と呼んで神が住んでいると信じてきた。山岳信仰があり「無病息災」を祈願するため山頂近くの岩屋で祈祷する岳参りの風習が残っている。 太忠岳の頂上には、神の石天柱石と呼ばれる高さ40mの巨石もある。
屋久島を不思議な魅惑の島に育て上げたのは、水の循環がなせる技。 海からの湿気が風に乗り、屋久島の山を駆け上がり、山の上で冷やされ雲を作り、そして雨を降らせる。山と里が近い屋久島は山でできた雲が里まで届き、そこでも大量の雨を降らす。 “屋久島にはひと月35日雨が降る”という言葉まである。
結果として、宮之浦岳には冬雪が降り、冬山の世界になる。一方、島の周辺(里)には、いたるところに亜熱帯の樹木の森がある。巨大な木根の中間ガジュマルや志戸子ガジュマル公園も一見の価値がある。巨石に降った大量の雨は、富士山のような伏流水とならないので、多くの川となって直接海に流れ出る。島を一周すると川や滝の多さと美しさに驚く。龍神の滝、トローキの滝、千寿(せんぴろ)の滝、そして、最大級の大川(おおこ)の滝は必見。
この大量に降る雨こそが、屋久島の苔むす森を作り上げ、世界にも類を見ない屋久杉を育てる。そして栄養とミネラルの豊富な水が海に流れ、味の良いトビウオやソーダガツオを育てる。この水の循環が屋久島の人々の生活を支える。
屋久島の歴史を学ぶと、その時代時代で屋久島の自然遺産を人々が活用しながら生活の糧を得て、それでいて神格化したこの貴重な自然を保護する人々のくらしが垣間見えてくる。
海の幸には恵まれているが、岩の島なので田畑に恵まれていない。屋久杉は高級な建築材料になる。
屋久島の人は、海のトビウオやカツオやウミガメを大事にする。「トビウオ招き」という儀式があり、ウミガメの卵を食べたり、保護したりした歴史ももつ。屋久島の鰹節は、「薩摩節」として重宝された。
新しい農業にも挑戦してきた。昭和になって細々とした米やさつまいもの栽培に変わり、果樹に力を入れ、今ではタンカン・ポンカンが屋久島の名物になっている。
屋久杉の保護と活用(伐採)の歴史は複雑だ。 人々が神格化した、奥岳と屋久杉の森は、室町時代までほとんど手付かずの自然だった。 活用の最初の言い伝えは、秀吉が屋久杉の建材価値を聞きつけ、京都に作る大仏殿のために屋久杉献上の沙汰を島津義久に出した時。次は、江戸時代、財政難に陥った薩摩藩が屋久杉に目をつけ米の代わりに杉の平木を年貢がわりに活用した。そして、大正時代に本格的な伐採の時代となる。
「屋久杉自然館」や「屋久杉ランド」に行くといろいろ屋久杉について学ぶことができる。 江戸初期、屋久聖人、泊如竹(とまりじょちく)が登場し、 “神の許しを得た”と言って島民を説得し、薩摩藩/屋久島の財政を助け、住民の生活を豊かにする屋久杉を活用した。
江戸時代薩摩藩の管理下にあった屋久杉は、明治に入り国有林となり切ることができなくなった。
大正に入り「屋久島国有林経営の大綱」がでて、本格的な伐採が始まった。トロッコ道はその時(1923年ころ)に作られたもので、今もそのトロッコを走らせることができる。当時、標高660mのトロッコ道の途中に小杉谷という村ができで、小中学校もあったという。 最後の保護の歴史は、1993年、島民の総意で「屋久島憲章」を作り、日本最初の世界自然遺産となった。
この日本が誇る雄大で世界にも稀な世界自然遺産は、一度では物足りないかもしれない。屋久島は本当に魅力的で探究心をそそられる場所だ。博多から屋久島に移住したレストランオーナーの言葉が忘れられない。
“この島のゆるやかな時間の流れに魅力を感じて移り住んだ”。
まだ行っていない方、特に、急速に変化する現代の都会生活の慌ただしさに辟易としている方は、この「森・水・人ふれあいの島」に一度は訪れることをお勧めする。
(日本再発見紀行第4集から引用)

以 上(三竿郁夫)