健康生きがい権を中心に新たな社会システムづくりを
辻哲夫氏がDF向け講演でフレイル予防と合わせて問題提起
日時:11月13日(木)14:00~15:30
講師:辻 哲夫 氏 元
厚生労働事務次官
IOG(東京大学高齢社会総合研究機構)客員研究員
会場:航空会館+Zoom

日本は世界で突出した超高齢社会国、ということを思わず実感させられる人口問題の専門機関の将来推計の数字があります。
それは、2040年問題とも言われていますが、高齢者が約4000万人に、特に85歳以上の人口は1000万人に達し、この超高齢社会にどう対応するか、という大きな岐路に立っているというのです。
世界各国からは「日本は医療や介護などで重い課題を背負う国になるぞ」と、危惧されそうですが、日本としては、この際、プラス思考によって、世界に先駆けて超高齢社会に対応した新たな社会システム構築を進めるのも、今後の重要な選択肢です。
「超高齢化と人口減少という重い社会課題への対応が必要」
そんな矢先、超高齢社会問題に強い問題意識を持つ元厚生労働省(以下厚労省)事務次官の辻哲夫氏が、「健康生きがい権の意義と展望――特にフレイル予防という重要課題に留意して」と題するテーマで11月13日にDF(ディレクトフォース)向けにオンライン講演を行いました。
その中で、辻氏は「日本は間違いなく未知の社会に向かっている。超高齢化と人口減少という2つの重い社会課題への対応もその1つで、今後は、これまでと違った新たな社会システムづくりが重要になる」と述べ、特に超高齢社会対応策の1つとして、健康生きがい権というユニークな権利の必要性を力説しました。
自助、互助などを組み合わせた地域包括ケアシステムがカギ
辻氏は、この権利をもとに、高齢者が歳を取っても出来る限り自立を維持し、高齢者集団が社会をしっかり支える世代になる、ということが最重要。そして、たとえ弱っても、それぞれの住まいにおいて、医療や介護の公的なサポートなどによって、人生の最後まで、その人らしく生きがいをもって生き抜くことが必要、と述べました。
その際、辻氏は「高齢者の人権として、この権利は、保障されるが、公的に与えられるものではない。大事なことは、高齢者を含めた住民が、地域コミュニティで自助、互助を土台にして、社会保険システムである共助、それに税金による公助を組み合わせた地域包括ケアという地域社会システムを実現することだ。健康生きがい権が、そのカギを握るが、新コミュニティシステムづくりは今後、間違いなく重要になる」と述べました。
市町村主導でフレイル予防や生活支援などを一体的サポート
この地域包括ケアシステムは、もともとは、厚労省が2005年の介護保険法改正で、地域住民からの高齢者介護や医療に関する相談窓口として地域包括支援センター構想を打ち出し、それ以来、政策課題となったものです。今では全国5451か所の地域包括支援センターが、それぞれの現場で活動しています。
認知症高齢者や1人暮らし高齢者が、出来る限り住み慣れた地域での生活を続けられるように、市町村主導で高齢者の心身的虚弱化(フレイル)予防、医療、介護、生活支援、住まいづくりを一体的にサポートするのが、この地域包括ケアシステムのポイントです。
健康生きがい権が共有されるコミュティづくりが必要
辻氏は、講演の中で、高齢者を中心に健康生きがい権という新たな考え方が、多くの人たちによって共有され、それにリンクする形で、日常生活圏単位での新たなコミュニティづくりが必要、と述べました。そして、その1つの切り口として、フレイル予防のポピュレーションアプローチ、つまり多くの地域住民の集団を対象にしたフレイル予防活動を手広く進めるべきだ、と述べました。
ここでいうフレイルとは、心身の動きに問題のない健常と要介護の中間の状態を言うそうです。辻氏によると、歳をとれば体力が衰えていきますが、フレイルの状態であれば、要介護状態に比べて元へ戻れる可能性が高いということがわかってきている、とのこと。
フレイル予防活動で高齢者の寝たきり介護を短くする効果も
さらに、辻氏は、フレイルは病気ではないため「栄養」、「身体活動」、「社会参加」の3本柱の生活上の工夫を、高齢者本人がともに助け合いながら行うことが大切。その結果、寝たきりの介護の期間を短くして、介護費用の伸びを抑制することにもつながっていくメリットが期待できる、と述べました。
この取り組みのカギを握るのが、住民主体のフレイル測定だそうで、辻氏は「昨年、フレイル予防推進会議が設立され、市町村が、その伴奏支援を行っている。そして、地域のボランティアが中心になって地域が動き出す体制が整えば、そこに新しい地域コミュニティが生まれ、地域の活性化のためのプロジェクトに取り組もうという意識が出来てくるのは間違いない」と述べました。
高知県仁淀川地区でのコミュニティづくりは成功事例
辻氏が講演の中で新たなコミュニティづくりの成功事例として挙げたのが、高知県仁淀川町のケースでした。「仁淀川町の高齢者たちが、住民主体のフレイル測定を通して自分ごととしてとらえ、地域から離れることなく、自分たちで地域を守るための取組みを行い、地域を次世代に引き継ごうと努力を続けた結果、地域全体が見違えるように明るさを取り戻した」と述べました。
辻氏は、この動きの萌芽として、千葉県柏市や三重県名張市などの好事例がある、とも述べましたが、高知県仁淀川町に関しては「フレイルをしっかり自分事として学び、互いに共感し、助け合って行動する中で、さらに老いを学び、それを正しく受け入れる新たなコミュニティ形成に向かうことをめざしている。フレイル予防が発展し、このようなまちづくりに繋がれば、明るく心豊かな社会が実現できるといういい実例だ」と評価しました。
辻氏「DFはすばらしい集団、組織的にもうひと仕事を」
講演の最後で、辻氏は、DFへの期待メッセージという形で「戦後生まれの高齢者の多くは、企業OBである、という中で、今後の超高齢人口減少社会において、企業OBの方々がどのような生き方をするかが問われている。その点で、企業OBの集まりである代表的な組織のディレクトフォースの皆さんには、もうひと仕事、日本の未来のために、組織的に活動されることを大いに期待している、と申し上げたい」と述べました。
DF関係者「期待にこたえられるか」の一方「がんばろう」も
DF関係者の間では「辻さんの応援歌は、われわれにとって、過分ともいえるもので、とても勇気づけられる。ただ、どこまで期待にこたえられるか、少し気恥ずかしい部分がある」といった声が出ていました。
その一方で、「われわれDFは、辻さんがかかわっておられる東大IOG(高齢社会総合研究機構)ジェロントロジー産学連携プロジェクトチームとこれまでかなり幅広く連携してきて、学んだことも多い。今回の辻さんのDFに対する期待にこたえる形で、がんばろう。社会に積極参加することが健康に結びつくのだ、というメッセージと受け止めた」との声も出たのも事実です。
社会福祉学者の京極高宣氏も健康生きがい権を提唱
辻氏の講演を通じて、健康生きがい権という言葉は、改めてユニークだ、と実感すると同時に、これこそが超高齢社会時代のキーワードだ、と感じたDF関係者が多かったですが、実は、元国立社会保障・人口問題研究所長で、社会福祉学者の京極高宣氏が「老いの生きがい」という著作で、この言葉を提唱されています。
最後に、辻氏がこれまで歩んでこられた足跡を簡単に紹介します。
辻氏は現在、一般社団法人医療経済研究・社会保険福祉協会の理事長です。東大卒業後の1971年に旧厚生省に入省、老人福祉課長、国民健康保険課長、大臣官房審議官(医療保険や健康政策などを担当)、保険局長、厚生労働事務次官を経て、東大高齢社会総合研究機構教授などを歴任。現在の医療経済研究・社会保険福祉協会理事長以外に健康生きがい財団理事長などのほか、在宅医療の推進に関する関係団体とも深くかかわっておられます。

複製厳禁(内容を引用する場合は講演者の許可を得てください)
以 上(牧野義司)