環境コラム27号
「登山とオーバーツーリズム」

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観光地に人が集まりすぎて問題になる「オーバーツーリズム」という言葉を、近年よく耳にするようになった。特定の観光地に許容範囲を超える観光客が集中し、大行列、騒音、ゴミ、交通渋滞、マナー違反、プライバシー侵害などによって、観光客だけでなく地域住民の生活や自然環境に深刻な悪影響(観光公害)を及ぼす現象は「オーバーツーリズム」と呼ばれている。代表的な例としては、京都(祇園・嵐山)、鎌倉(江ノ電踏切)、白川郷などが挙げられる。近年は円安を背景としたインバウンド、すなわち訪日外国人観光客の急増も一因となり、こうした地域でオーバーツーリズムが深刻化していることがニュースなどでも度々紹介され、日本の社会問題の一つとなっている。

この問題は観光地だけでなく、登山の世界でも例外ではない。日本を象徴する富士山では、一年を通じて多くの観光客が五合目まで訪れ、春から秋にかけては山頂を目指す登山者で賑わう。しかし近年は登山初心者の軽装登山や弾丸(日帰り)登山、ゴミの放棄、ケガや遭難、登山者の過剰集中による渋滞などが問題となっている。本来、快適に楽しみ、良い思い出を持ち帰るべき登山が、ストレスや不満を抱えたまま終わるケースも増えている。富士山頂へは4つの登山ルートがあるが、オーバーツーリズム対策として2025年には入山料1人1回4,000円の徴収や、午後2時から翌朝3時までの通行規制(山小屋宿泊者を除く)などが実施された。

登山におけるオーバーツーリズムは富士山が象徴的な例だが、他の山でも問題は見られる。例えば、日本百名山の一つ、北アルプスの燕岳(2,763m)である。まず直面するのは駐車場問題だ。登山口までの交通手段はほぼマイカーであり、対策として3か所に百数十台分の無料駐車場(※現在は第一駐車場3,000円)が用意されているものの、オフシーズンでも満車になる日が多い。筆者も「11月なら登山客は少ないだろう」と考え訪れたが、駐車スペースは全く見つからなかった。中房温泉のある登山口付近にはバスも停められる舗装された大型駐車場があるが、利用料金は1回5,000円。結局、登山を断念した経験がある。
さらにこのルートから燕岳を目指すには、「北アルプス三大急登」と呼ばれる合戦尾根の急坂を約3時間登らなければならない。ハイシーズンには細い登山道に登山者が集中し、人気の山や山小屋を目指す初心者も多いため、大渋滞が発生することもある。時には「富士山以上の渋滞」と言われるほどだ。登山におけるオーバーツーリズムの問題点は、混雑による事故リスクの増大、自然環境の破壊、そしてマナーの悪化などである。登山道の渋滞や不適切な軽装備、弾丸登山による高山病や低体温症の増加、さらには排泄物やゴミの放置による環境汚染も深刻化している。

一方で、その反対語である「アンダーツーリズム」(人が極端に少ない、マイナーなエリアを訪れること)も、別の意味で深刻な問題を抱えている。登山者が少ない山では、登山道整備の資金が不足し、山小屋の経営が成り立たなくなる。熊出没への対応や、登山道の最新状況の情報発信も十分に行えなくなる場合がある。また管理の目が行き届かない場所では、野外排泄や植物採取などによる自然破壊が起こり、生態系の乱れにつながることもある。
対策としては、国や自治体、地元山岳会などによる登山道整備や管理体制の強化、適時の情報提供などが挙げられる。しかし、それらを実施するための予算確保や人材育成は容易ではない。海外では外国人の入山料を自国民より高く設定し、その収益を環境保護や自然保全活動に充てている例もある。

日本では古来より、山には神が宿るという自然信仰・山岳信仰が存在してきた。山伏や修験道の修行として山に登る文化もあり、そうした山々は霊山と呼ばれてきた。現在では「パワースポット」として親しまれ、多くの人に勇気や癒しを与える場所ともなっている。登山ブームの中で増え続ける人の流れと、守るべき自然環境とのバランスをどう保つのか。自然を守りながら山を楽しむ。その調和を見つけることは容易ではないが、ヒントは日本の伝統的な山岳信仰にあるのかもしれない。登山者の急増は山の姿を変えつつあるが、私たちの向き合い方次第で守れるものもある。静かな山は人が少ないから静かなのではない。人が自然を敬う心を持つとき、山は本来の静寂さを取り戻すのだろう。

以 上(鍵和田圭二 NPOブルーアース会員)

NPOブルーアースは、ディレクトフォース環境部会と提携して活動している、横浜を基点とした社会貢献団体で、地球環境保全と科学技術振興の活動を行っており、今回そのご縁で「環境コラム」を寄稿頂きました。

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