3月16日(第457号)
塚崎京子
私の趣味の一つに読書があります。
電子書籍ではなく紙の本派で、常に2~3冊を同時に読むのが私のスタイルです。ちなみにこの原稿を書いている現在は、吉田修一『ミス・サンシャイン』(文藝春秋、2025)、高田郁『志記(一) 遠い夜明け』(角川春樹事務所、2025)、島津輝『カフェーの帰り道』(東京創元社、2025)の三冊を読んでいます。
本の重さや残りページ数によって読む場面を変えており、持ち運びやすい本は移動中や待ち時間に、厚めの本は寝る前に読むことが多いです。

話題作も読みますが、特に「読みやすい文章を書く作家」が好きです。吉田修一氏は『国宝』で知られていますが、『横道世之介』も人気の作品です。高田郁氏は『あきない世傳 金と銀』や『みをつくし料理帖』の著者で、『志記』は待望の新シリーズです。取材力と洗練された文章が魅力で、新刊をいつも楽しみにしています。島津輝氏の作品は今年の直木賞受賞作ということで、「どれどれ」と手に取って読んでいるところです。
私には、面白かった本を貸し借りする20年来の友人が一人、年に数回会って読書情報を交換し合う小学生からの友人が一人います。私一人では偏りがちな読書傾向を広げてくれる、大切な「本友」です。

翻訳本も読みます。最近では『ケインとアベル』の著者、ジェフリー・アーチャーの『クリフトン年代記』(ハーパーBOOKS)を全巻読み終えました。1冊約700ページが7冊分という大作で、読み応えがありました。
読書記録をつけていないため、読んだことを忘れて同じ本を買ってしまい、「この話、知ってる!」という失敗も数回ありますが、決して忘れられない本もあります。その中から3冊をご紹介します。
進路を決めてくれた本
津守眞『保育者の地平』(ミネルヴァ書房、1997)
津守眞先生(1926–2018)は東京大学文学部心理学科を卒業後、保育学者としてお茶の水女子大学教授を務められ、その後、学校法人愛育学園愛育養護学校の主事として保育の現場に立たれました。本書は、先生が愛育養護学校で保育者として過ごした12年間の体験に基づく内容で、保育に関わらない人にとっても学ぶところの多い一冊です。
どんな仕事でも、続けていく中で自信を持ったり失ったり、停滞したりやる気を取り戻したりしながら成長していきます。愛育の子どもたちには意思表示が十分にできない子も多く、津守先生はその日の保育を振り返り、あれこれと考えを巡らせます。その真摯な姿に胸を打たれると同時に、どのような職業にも通じる普遍的な気づきがあります。

私はこの本と出会ったことで愛育養護学校に1日研修として受け入れていただき、津守先生と子どもたちのやり取りを観察し、先生とも直接お話しすることができました。児童心理学を専門的に学ぶために大学院へ進学しようと決心するきっかけになった本です。
辛い時期に勇気を与えてくれた本
多田富雄『寡黙なる巨人』(集英社文庫、2007)
多田富雄先生は千葉大学医学部を卒業後、免疫学者として東京大学医学部の教授を務めていました。しかし2001年、脳梗塞で倒れ、右半身麻痺・構音障害・嚥下障害という重い後遺症を負います。本書は、絶望の淵に立たされた先生が、再び「生きる力」を取り戻していく過程を記した記録です。 タイトルの『寡黙なる巨人』には、身体が不自由になり言葉を失った“寡黙”な状態でありながら、内面には揺るぎない精神力という“巨人”を宿すようになったご自身の姿が込められています。 作中では「助かったからには生きる決心をする」「私は生きる理由を見出そうとしている。もっとよく生きることを考えている」といった言葉が綴られています。

私がこの本と出会ったのは、家族が深刻な病に倒れ、日常が大きく変わってしまった時期でした。多田先生が苦しみの中でもユーモアを忘れずに生きようとする姿に、自分と家族の姿を重ね、夢中で読み進めました。人は病の前では弱い存在だけれど、そこから立ち直る強さも持っている――そのメッセージに励まされ、気に入ったページを何度も読み返したことを覚えています。
新しい生活を応援してくれた本
外山滋比古『50代から始める知的生活術 「人生二毛作」の生き方』(大和書房、2015)
外山滋比古先生は東京文理科大学英文科を卒業後、雑誌の編集長を務めました。しかし編集の仕事は5年で離れ、のちに英文学者・言語学者として大学で教鞭をとりながら、エッセイストとして96歳まで執筆活動を続けました。 なかでも『思考の生理学』(筑摩書房、1983)は「東大・京大で最も読まれた本」としてロングセラーとなり、私が外山先生の著書と最初に出会ったのもこの一冊でした。読みやすく面白かったため、ほかの著書も次々と読み続けるようになりました。

先生のエッセイに一貫しているのは、「知識を記憶するだけでなく、自ら考え行動する人になりなさい」というメッセージと、そのための生活の工夫です。 『50代から始める知的生活術 「人生二毛作」の生き方』でも、「染みついた知識や常識の多くは他人のこしらえた思考」であり、安易に真似をせず、自分で考えて独創力を育てるべきだと説いています。そして、その独創力こそが後半生を実り多いものにする力であると述べています。
出版当時、先生は91歳。自ら築いた独創的な生活リズムを大切にし、充実した日々を送っていました。 一方、この本と出会った頃の私は50代半ば。かけがえのない家族を亡くし、仕事を続けるのがやっとで、気力を失ったまま日々を過ごしていました。
この本の中で先生は、「思うようにならないのが人生だ」「自分のことを披露するのは恥ずかしいが、いくらかでも参考にしていただけたら」と、失敗談も交えながら人生の先輩として語りかけてくれます。 当時の私は、先生のエッセイを読みながら、まるで先生と対話しているような気持ちになっていたのでしょう。そして、90歳を迎えてもなお意欲的に知的生活を探求する姿に感動し、憧れを抱き、次第に前向きな気持ちを取り戻していったのだと思います。
おわりに
本との出会いは、人との出会いと同じくらい偶然で、不思議なものです。読み終わるのがもったいなくて休み休み読んだ本もあれば、途中で手放してしまった本もあります。最近は「本友」と、「読んだことは覚えていても内容は全部忘れたね」と笑い合うことも増えました。
何に感動したのか忘れてしまったとしても、これまで読んできた本が、少しずつ今の私の生き方や考え方に影響を与えてきたことは間違いありません。だからこそ、これからも新しい本との出会いを楽しみにしていきたいと思います。
つかさき きょうこ(1510)
(蕎麦打ち同好会 観光立国同好会 華写の会)
(元白梅学園大学/早稲田大学人間科学部)